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2012年11月13日
知っているようで知らない自分のこと『脳には妙なクセがある』
あなたにとって手に負えない厄介な存在といえば何でしょうか。
ぼくの場合はヨメ……と言いたいところですが、
意外にもいちばん厄介な存在は、この自分自身だと断言できます。
ダイエットの誓いをたてては夜の街で暴飲暴食を繰り返し、
これ以上クレジットカードで本を買ってはいけないとわかっていても使ってしまう。
これまでなんども自分で目標をたてては、
そのことごとくを自分で破ってきました。
この世でもっとも信用できない裏切り者は、悲しいかな自分自身というわけです。
問題は意志の弱さにあるのでしょうか。
ならば意志力を強くするためにはどうすればいいのでしょうか。
いや、その前にそもそも意志とはどこから生まれてくるのでしょうか——。
目標を立てるのも、やる気を出すのも、
誘惑に駆られるのも、言い訳を考えるのも、
すべてはぼくの頭の中のモンダイです。
どうやら鍵は「脳」にありそうです。
そんなわけで、『脳には妙なクセがある』(扶桑社)を読んでみました。
脳科学者の池谷裕二さんは、
糸井重里さんとの共著『海馬』でそのお名前を知って以来、
すべての著作を読んでいるごひいきの書き手。
『サイエンス』誌などにも論文を発表するすぐれた研究者でありながら、
ポピュラー・サイエンスの分野でも素人に向けてわかりやすく
最新の脳科学の成果について教えてくれる、奇特な書き手なのです。
さて、この本をめくってみると、
「脳は妙にIQに左右される」
「脳は妙に信用する」
「脳は妙に知ったかぶる」
「脳は妙にブランドにこだわる」
など、魅力的なトピックスが全部で26も並んでいます。
さらに各章の小見出しにも実に興味をそそられる項目が並んでいます。
適当に抜き出してみると、
「人差し指が長い人は株で儲ける!?」
「意中の人の左側に座る『シュードネグレクト効果』」
「脳トレは本当に有効か」
「セクシー・フェロモンは実在するか!?」
「もっとも効果的な勉強とは?」
どうですか?読みたくなるでしょう。
本書はどこから読んでもかまわない構成になっていますが、
ここは意志力に関係ありそうな箇所として、
「脳は妙に不自由が心地よい」と「脳は妙に使い回す」をみてみましょう。
まず自由意志について考えてみる前に、
ヒトの行動はいったいどこまで自由なのかを考えてみましょう。
すると驚くべきことに、私たちの日常の行動は、
80%以上がおきまりの習慣に従っているということが、
近年の研究から明らかになっているというのです。
私たちは意識上は自由意志ですべてを決定しているつもりであっても、
現実には本人ですら自覚できないような「行動のクセ」に、
知らず知らずのうちに従って動いているだけということになります。
では自由意志とは、はたしてどこから生まれるのでしょうか。
池谷さんは、自由意志は決して脳から生まれるのではなく、
周囲の環境と身体の状況から決まる、と言います。
たとえば洋服を両手に持って悩んでいる女性がいたとします。
本人はもちろん真剣に悩んでいるつもりになっている。
ところがこれ、最新の脳研究によれば、すでに答えは決まっているのです。
詳しくは本を読んでいただきたいのでここには書きませんが、
本ではイタリアで行われたある実験が紹介されていて、なるほどと思わされます。
ともかく、私たちはそれぞれが思考にクセを持っていて、
そのクセがぼくらが判断を下す前に、ぼくらの行動を決定付けてしまっている。
考える前に行動が決まってしまうことから、
池谷さんはこれを「反射」と読んでいますが、
では「正しい反射」を身につけるにはどうすればいいのでしょうか。
池谷さんは、
脳が正しい反射をしてくれるか否かは、
その人が「過去にどれほどよい経験をしてきたか」にかかっていると言います。
骨董品の鑑定士が実物をみただけで
本物か贋物かを見分けられるのは何故かと言えば、
それまでにたくさんの本物に触れてきたからでしょう。
それと同じように、
人もよい経験を積むことで反射力が鍛えられます。
成長というのはすなわちどれだけ反射力を鍛えられるかということなのです。
この本を読んで驚かされたのは、
ヒトの脳は、想像以上に身体や環境に大きく依存しているのだということです。
この本は読者を飽きさせない魅力的なトピックスの数々に、
各国の研究者による最新の研究成果が惜しげもなく披露されていて、
ふと気がつくと、ビッシリと付箋をつけてしまっていたのですが、
そんな思わず付箋をつけてしまった部分を以下にご紹介しましょう。
「ヒトの脳は、身体の省略という美味しい『芸当』を覚えたがゆえに、
身体性を軽視しがちです。身体を動かさずに、頭の中だけで済ませたほうが
楽なのはよく理解できます。しかし脳は、元来は身体とともに機能するように
生まれたものです。
手で書く、声に出して読む、オモチャで遊ぶ——活き活きとした実体験が、
その後の脳機能に強い影響を与えるだろうことを、私は日々の脳研究を通じて
直感しています」
なるほど、つまりぼくが自分をコントロールできないのは、
意志の強い弱いとはまったく関係がなくて、改善するための鍵は、
むしろぼく自身の身体の調子や環境に潜んでいるということなのか……。
ん?待てよ……ということは、日頃ヨメがぼくに
「四の五の言わずに運動しろ!」とか
「グダグダ言っていないで本を片付けろ!」と
高圧的な態度で命じているのはある意味正しいということなのだろうか……。
まさかぼくの知らないところでこの本を読んでいるんじゃ……
投稿者 yomehon : 2012年11月13日 00:00