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2012年04月02日
早くも今年ナンバーワン!? 『アイアン・ハウス』が素晴らしい!
新年度を迎えたばかりのこのタイミングに、
暮れの話なんかするとバカと言われてしまうかもしれませんが、
今年の終わりに各社から発表されるミステリー小説のランキングで、
確実に海外ミステリーのランキング上位に、
それもかなりの確率で1位にランクインするのでないかと思われるのが、
ジョン・ハートの新作『アイアン・ハウス』東野さやか 訳(早川書房)です。
ジョン・ハートは1965年生まれ。
『川は静かに流れ』と『ラスト・チャイルド』がいずれもアメリカ探偵作家クラブ賞の
最優秀長編賞に輝いて、世界のエンターテイメント小説界のトップランナーとなりました。
新作『アイアン・ハウス』のストーリーは実にシンプル。
ニューヨークで暮らす凄腕の殺し屋マイケルが、
恋人のエレナが妊娠したのを機に、組織を抜けようとします。
育ての親で、病床で死を前にしたボスのオットー・ケイトリンは、
実の息子以上に可愛がっていたマイケルの申し出を了承します。
ところが、いくつかの事情がからんでこの話がこじれます。
マイケルは組織に追われる身となり、エレナにも刺客が放たれます。
さらには、かつて孤児院「アイアン・ハウス」でともに暮らし、
23年前に生き別れとなったマイケルの弟ジュリアンまでもが組織のターゲットに。
はたしてマイケルはエレナとジュリアンを守れるのでしょうか——。
物語の枠組みはこれだけ。
シンプル極まりないストーリーです。
いや、シンプルというより、陳腐とさえ言えるかもしれません。
いかにもそのへんのB級サスペンスにありそうな筋立てだからです。
でもだからこそ、作家の腕が際立ちます。
超一流の作家が凡庸な筋立てを料理してみせるとどのような小説に仕上がるか。
この小説を読んで驚かされるのは、まずそこです。
ならばこの優れた小説家によって調理された一皿をじっくり吟味して、
その味の秘密に迫ってみることにいたしましょう。
ありふれた設定を前にして、
ジョン・ハートはまず細部を肉付けしていきます。
まずはマイケルとジュリアンの置かれた環境の違い。
マイケルはある事件がきっかけで孤児院を脱走し、ストリート・チルドレンとして
生き延びた後、ボスに拾われ凄腕の殺し屋としての道を歩みます。
かたやジュリアンは莫大な資産を持つ上院議員夫妻に養子として迎えられ、
児童書の作家として成功していますが、その一方で精神に闇を抱え苦しんでいます。
殺し屋だけど自分で自分の人生をコントロールしているマイケルと、
金持ちで芸術家としての名声も獲得していながら心の病に苦しむジュリアン。
ふたりの境遇のコントラスト、またそれぞれの人物の正と負の側面、
それらを丁寧に書き込むことで、物語に奥行きをもたせています。
そしてもうひとつ工夫が凝らされているのは、物語の語られ方。
マイケルとジュリアンのストーリーが平行して語られ、読者を飽きさせません。
マイケルとエレナの逃走劇では、彼が殺し屋であることを知らなかった
エレナの葛藤が丁寧に描かれ、物語にふくらみをもたらしています。
一方、ジュリアンの周囲では、謎の殺人事件が次々に起こり、
読者の興味を先へ先へと駆り立てます。
マイケルとジュリアンのストーリーはやがて交錯し、
マイケルがジュリアンの身近で起きた殺人事件の謎を追ううちに、意外にも、
かつてふたりが過酷な日々を送った「アイアン・ハウス」へと辿り着くことになります。
よく海外ミステリーは登場人物が多すぎて名前が覚えられないので苦手、という声を
聞きますが、この小説は登場人物も限られているのでその心配は無用です。
むしろ登場人物が少ないのに、物語のスピードが停滞していないところが凄い。
謎が謎を呼ぶ展開が最後に一点に収束して行く様は、まさに圧巻のひとこと。
ひとつだけ気になるところをあげれば、
ネタバレになるのであまり詳しくは書けませんが、
ある精神疾患がやや都合良く使われているところでしょうか。
ただこれも「あえて粗を探すなら」というレベルのお話。
たとえわずかな瑕疵があったとしても、
世界トップクラスのエンターテイメント作家の技術を
じゅうぶんにご堪能いただける逸品であることは間違いありません。
いや、ホントに今年ナンバーワンかもしれませんよ、この小説は。
投稿者 yomehon : 2012年04月02日 01:27