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2011年12月12日
スポーツを語ろう!
このたび思いもよらない人事異動があって、
ふたたび番組制作の現場に戻ってまいりました。
というわけで、当ブログも模様替え。
引き続きよろしくお願いいたします。
さて先日、小説や漫画や現代美術といったさまざまなジャンルの創作者が
創作の秘密について語った『物語論』木村俊介(講談社新書)という
とっても面白いインタビュー集を読んでいたら、映画監督の是枝裕和さんが、
海外の映画祭に出席した時の体験について語っているのが目に留まりました。
是枝さんによれば、海外の映画祭では、
上映後に監督と観客が語り合うティーチインという時間があって、
上映時間が2時間だったのに質疑応答でさらに2時間を費やす、
なんてこともあるくらいに、作品について活発に議論するのを愉しむのだとか。
そんな話を読みながら、
そうかぁ、海外では映画を観るだけではなく、
映画について語ることも娯楽の一部になっているんだなぁ、なんて思いつつ、
ふと日本でそんなふうにあるジャンルについて語ること自体が娯楽になっているのは
何だろうと考えて、そりゃあやっぱりスポーツだよなぁ、と思い至ったわけです。
そう、スポーツについて語るのはとても愉しい。
プロ野球ファンでいえば、
1点を争う好ゲームが続いた今年の日本シリーズなんてまさにそうでしょう。
特に第4戦の6回、絶体絶命の無死満塁のピンチを抑えたソフトバンク森福投手の
ピッチングなんて、山際淳司さんの名作『江夏の21球』に倣って
「森福の11球」とでも呼びたくなるくらい記憶に残る投球で……(以下、略)
とまあ、こんなふうにあれこれ語りたくなってしまうものなのです。
奥田英朗さんの『どちらとも言えません』(文藝春秋)は、
そんなスポーツを語る愉しさにあふれたエッセイ集。
たとえばこんな人たちを見たことはありませんか。
球場でキツい野次を飛ばしているおっさんとか、
テレビの前でゴロンと横になってナイター観ながら毒づいている親父とか、
居酒屋で口角泡を飛ばしてチームの編成方針を批判するサラリーマンとか、
そういう愛すべき人々を。
本書はいわばああいうノリでいろんなスポーツについて語った一冊なのです。
とはいえ、無責任な放言ばかりを並べてたてているかといえばさにあらず。
著者は30年来の中日ファン。しかも日々のランニングを趣味とし、
暇さえあればアマチュアスポーツの観戦にも足を運ぶとあって、
その批判や提言……いやそんな上品なものじゃないな、ツッコミや野次は、
スポーツに対する愛に満ちあふれています。
たとえばスポーツ選手の引退についてふれたエッセイでは、
基本的にリタイアを晴れがましいものと考えるヨーロッパと
引退を湿っぽい心情で彩りがちな日本との対比にはじまり、
お涙頂戴の引退セレモニーが定番となっている野球界の現状をチクリとやって、
クサイ演出とは一切無縁だったドラゴンズの今中投手の見事な去り方に
心揺さぶられて涙した自らの体験を記すといった具合に。
でも、著者の本領がフルに発揮されるのは、
やはり我が国を代表するエンタメ系小説の書き手らしく、
妄想が入り交じり、論旨がありえない方向へエスカレートしていったときでしょう。
たとえば「野球選手と名前の相性についての考察」という爆笑エッセイ。
小説を書くときに意外と苦労するのが登場人物の名前だという著者は、
毎年発表される子どもの名前の人気ランキングをみて、
最近の子どもたちはみんな主役級の名前ばかりになったと指摘します。
昭和の名前の代名詞だった「〜子」とか「〜お(夫、男、雄)」なんてのは姿を消し、
陽菜とか七海とか大翔とか悠斗といった名前が幅をきかせるようになったと。
たまたま見た選抜高校野球の選手名簿でも「翔」と「斗」のオンパレードなのをみて、
「なんか、こう、爽やか過ぎるのである」と違和感をおぼえた著者は、
プロ野球の選手名鑑もチェックし、若手選手の名前が様変わりしていることに驚きます。
そしてこう書くのです。
「だいたい私の中では、『中田翔』なんてのはプロ野球選手の名前ではないのである。
Jリーグへ行け、Jリーグへ。あれが『中田勝男』とかだったら、いかつい顔ともマッチし、
まあ応援してやってもいいかとなるのだが、『翔』じゃなあ。
キャバクラへ行って玲奈ちゃんを指名したら、象みたいな女が出てきたようなものである」
「中田勝男」って……。
ともかくこんな具合にもう言いたい放題。
今年大ブレイクした中田選手には申し訳ありませんが、
わたくし、このくだりを電車の中で読んでいて思わず爆笑してしまいました。
著者はこれにとどまらずさらに暴走して、
青木宣親選手や岩隈久志投手、田中将大投手、内川聖一選手らにも
これまた爆笑もののオリジナルな名前を勝手に考案していますが、
これはぜひ本書を手に取って確認して笑っていただきたいと思います。
でも「勝男」という名前は意外といけてるかも。
往年のホームランバッター大杉勝男氏を連想させる素晴らしい名前ですよね。
大杉選手といえば、なんといっても「月に向かって打て」という
飯島コーチの指導で打撃開眼したことが有名ですが、その他にも
日本シリーズ史に残る阪急ブレーブス上田監督の長時間の猛抗議のきっかけとなる
レフトポール際の本塁打を打ったり、球界一ケンカが強いと言われていたり、
若くしてお亡くなりになった際は、訃報を伝えるフジテレビのプロ野球ニュースで
かつて同僚だった大矢明彦氏が号泣したり……(以下、略)
とまあ、こんなふうに、たとえひとりの選手の名前からでも
酒を呑みながら一晩中語り合えてしまうのがスポーツの面白いところであります。
ところで、奥田英朗さんは、
プロ野球好きの若者をつかまえては、
「YouTubeで『江川の全盛期』と検索して見てみろ」
とけしかけているらしいのですが、投稿動画の中に、
大リーグの100マイル(160km)投手、ストラスバーグと
江川投手の映像を並べたものがあるとあったので見てみました。
いやー驚きましたね。
江川投手の本当の球速については
プロ野球ファンを集めて徹底的に議論する必要がありそうです。
誰かこの件について、朝まで語り合いませんか??
投稿者 yomehon : 2011年12月12日 01:38