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2011年07月10日
プロ野球二軍監督
みなさんは所沢の西武ドームに行ったことはありますか?
「自然共存型スタジアム」を謳っているだけあって、
狭山丘陵の豊かな緑にステンレスのお皿をさかさまにしたような
ユニークな形状のドームがよく映える西武ドームは、
家族でのびのびと野球観戦をするにはうってつけの球場といえます。
ところで、この西武ドームの敷地内に、
二軍選手が暮らす合宿所「若獅寮」があることはご存知でしょうか。
中村剛也選手の豪快なホームランや
涌井秀章投手が奪う三振にぼくらが歓声をあげているとき、
二軍選手たちは、ドームの目と鼻の先の寮の一室で、
華やかな歓声にじっと耳を傾けているのです。
いつかあのきらびやかなカクテル光線の中でプレーすることを夢見て・・・・・・。
『プロ野球二軍監督 男たちの誇り』赤坂英一(講談社)は、
ファームで奮闘する選手たちと、彼らを懸命に後押しする指導者たちの
人間ドラマを描いた出色のスポーツノンフィクションです。
この一冊は、こんな印象的なシーンから幕を開けます。
2010年の札幌ドームで行われた
北海道日本ハムファイターズと読売巨人軍の交流戦の試合前、
巨人の坂本勇人選手がひとりの選手のもとに駆け寄り、頭を下げて挨拶をしました。
そのまま親しそうに話し込む光景は記者たちの注目を集め、
いったいどういう縁があったのかと周囲の興味をかきたてたといいます。
坂本選手が挨拶していたのは、ファイターズの尾崎匡哉(まさや)選手。
坂本選手と同郷の兵庫県伊丹市出身で、報徳学園3年の2002年夏には
ショートを守り、甲子園でバックスクリーンに先頭打者ホームランを放ちました。
このときのホームランを、当時中学生だった坂本選手はきのうのことのように
おぼえているといいます。尾崎選手は坂本少年の憧れの選手だったのです。
けれどもプロ入り後に尾崎選手と坂本選手が歩んだ道は対照的でした。
2001年に光星学院からドラフト1位で巨人入りした坂本選手は、
早くも2年目から1番ショートに定着。いまや押しも押されもせぬスター選手です。
一方、走攻守を兼ね備えた超高校級の大型内野手として
プロ入り前の評価はむしろ坂本選手よりはるかに高かった尾崎選手は、
02年のドラフト1位で入団したものの伸び悩み、いまは内野手ではなく、
捕手に転向して活路を見出そうとしています。
たとえ甲子園で大活躍したような選手でも一軍では活躍できるとはかぎらない。
毎年のように戦力外通告を受け去っていく選手がいる厳しく、残酷な世界。
それがプロ野球です。
でもそんな過酷な環境でも、選手に手を差し伸べてくれる人々がいます。
それが二軍監督です。
たとえば、才能の片鱗はみせながらなかなか芽が出ない尾崎選手をなんとかしようと
キャッチャーへの転向を命じたのは、当時二軍監督だった水上善雄さんでした。
水上善雄といえば、オールドファンには懐かしい名前ではないでしょうか。
かつてはロッテの名ショートとして一世を風靡した選手です。
でもそんな水上さんも、引退後は魚河岸やコインパーキングで働くなど
苦労を重ね、プロ野球とはかけ離れた生活をしていたところを、
当時ファイターズのGMに就任していた高田繁さんに声をかけられました。
「二軍は人間教育の場でもある」という考えを持つ高田さんに
白羽の矢を立てられ、再びプロ野球の世界に戻ってきたのです。
さまざまな人生経験を重ねてきた苦労人だからこそ、
なかなか一軍に上がれずもがいている選手への指導にも熱が入ります。
「やられたらやり返せ!」
水上さんは事あるごとに選手たちにそう言い聞かせました。
プロの世界はやるか、やられるか。
その自覚がない選手はやがてグラウンドを去ることになる。
そういう目に遭った人間たちを自分は何人もみてきた・・・・・・。
厳しい言葉の裏には、いざ引退して世の中に出てみたら、
自分が何もできないことに気がついて愕然としたという、
水上さん自身の人生経験からくる思いが込められています。
プロ野球選手にとっては、選手であり続けることが最も幸せなこと。
だからこそ長く選手を続けられるように自覚を強く持て、という親心なのでしょう。
(そんな水上さんの公私にわたる徹底した指導で、今年見違えるような
プレーや言動をみせている選手が、ファイターズの新しい4番、
中田翔選手なのですが、その指導ぶりはぜひ本書でお読みください)
この本を読んでいると、プロ野球の世界には、
いまどき珍しいくらいに泥臭い人間ドラマが息づいていることがわかります。
読売新聞の記者から巨人の球団代表に転身した清武英利さんは、
『こんな言葉で叱られたい』(文春新書)の中で、プロ野球界に身を投じた当初、
監督やコーチ、先輩選手たちに言葉をかけられた一流選手たちが、
球場の隅でしばしば涙を流すのを見て、不思議に思ったと書いています。
「東大入学よりもはるかに厳しい競争を勝ち抜いてきたエリート」である
一流選手たちが、人目もはばからず涙を流すのはなぜか。
清武さんはやがて、優れた野球人には長く厳しい体験に裏打ちされた
「叱る力」とでもいうべき言葉の力が備わっているということに気がつくのです
『プロ野球二軍監督』には、清武さんが「叱る力」と呼んだ技術を持っている
優れた指導者が多数登場します。
たとえば、赤ゴジラこと嶋重宣を覚醒させた
山崎立翔(りゅうぞう)広島東洋カープ二軍監督は、
指導者に大切なのは選手の一瞬の目の輝きを見逃さないことだと言います。
「練習中の言葉や動きだけじゃ、本当に進歩しているかどうかはなかなか
わかりません。でも、その選手が、あっ、いい感じだとか、何かが変わったとか、
新しい感覚に気づいたときは、うれしさや喜びが目の光に表れるんですよ。
目つきが変わるというかね。ほんの一瞬です。その一瞬を見逃しちゃいけない。
そういう光を見つけるのが、ぼくにとってのたまらない快感なんですね。
それが楽しくて指導者をやっていると言ってもいい」
一瞬の目の輝きを捉えて、そこで初めて相手の心に届くアドバイスをする――。
すごい指導者だと思います。一般企業ではちょっと考えられないというか、
そもそも部下をこんなふうにみている上司なんていないんじゃないでしょうか。
こういう指導者に野球を教わることができる選手は本当に幸せだと思います。
ぼくらプロ野球ファンは、選手の超一流のプレーに大いに興奮させられ、
惜しみない拍手をおくりますが、この『プロ野球二軍監督』を読むと、
そのような華やかなスポットライトがあてられた一軍のプレーは、
例えて言うなら富士山の頂上からみる絶景のようなものではないかと思わされます。
頂点に立つことができる選手はもちろん凄いけれど、
その凄さを支えているのは、
二軍という広大な裾野なのではないでしょうか。
そんなことに気づかせてくれる一冊です。
今シーズンもまもなく折り返し点に差しかかろうとしています。
読めばプロ野球への見方が一段と深まるこの一冊、
後半戦のスタート前にぜひお読みになってみてはいかがでしょうか。
追記:
昨年本が出たタイミングでご紹介しそびれたのですが、
『人を見抜く 伝説のスカウト河西俊雄の生涯』 澤宮優(河出書房新社)も
プロ野球をめぐる素晴らしいノンフィクションですのでこちらもぜひ!
投稿者 yomehon : 2011年07月10日 08:14