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2011年01月16日
第144回直木賞直前予想
ブログを更新できないでいるうちに、気がつけばもう
直木賞の季節がやってきてしまいました。
今回の候補作には、昨年当ブログでご紹介しきれなかった
おススメがずらりと並んでいます。どれも力のある作品です。
選考委員にもあらたに伊集院静さんと桐野夏生さんが加わったことだし、
どんな作品が選ばれるのか楽しみな選考会となりました。
(ちなみに今回は芥川賞も非常に楽しみです。
だって昨年『流跡』でそのまばゆいばかりの才能に
驚かされた新人作家、朝吹真理子さんがエントリーしているのですから!)
では直木賞の候補作をみてみましょう。
犬飼六岐(いぬかい・ろっき)さん 『蛻(もぬけ)』(講談社)
荻原浩さんの『砂の王国』は、億の金を動かす大手証券会社のディーラーから
所持金3円のホームレスになってしまった男が、新興宗教ビジネスに手を染め、
ふたたび成功を手にしますが、そこで悲劇が起き・・・・・・というお話。
若年性アルツハイマーを扱ったベストセラー『明日の記憶』の作者だけあって、
読者を物語に引き込む腕はさすがです。読者を楽しませながら、読み終えた時、
人生の幸せってなんだろうと考えさせる、そんなウエルメードな小説に仕上がっていますが、
ぼくはこの作品が同じような設定の篠田節子さんの『仮想儀礼』とどうしても
ダブってみえてしまいました。直木賞にはいま一歩かもしれません。
犬飼六岐さんの『蛻』。蛻は「もぬけの殻」の「もぬけ」。「ぬけがら」のことですね。
この小説は昨年読んだ時代小説の中でもっともアイデアが面白いものでした。
江戸は八代将軍吉宗の治世、尾張藩下屋敷の敷地内に「御町屋」と呼ばれる
架空の宿場町がありました。そこには三年で五十両という報酬で集められた
人々が“住民”として暮らしています。ある日の夜、この町の“住民”が何者かに
殺されます。バーチャルな町で起きたリアルな殺人。犯人はいったい誰なのか――?
なんとこの御町屋という架空の町は実在したそうです。
ぼくは不覚にもその歴史的事実を知らずに本当に驚きました。
いったいなんのためにこんな偽の町をつくり偽の住民までかき集めたのでしょう。
そんなことを考えるだけでもおそろしく知的好奇心を刺激されます。
外界との行き来を遮断された閉鎖空間で殺人が起きるというのは、
本格推理ではよくある設定ですが、この小説がユニークなのは舞台が江戸だということ。
ただミステリーとしてみると、派手な登場人物もおらず、謎解きも地味で、
ややカタルシスに欠けるところが難かもしれません。
次は木内昇さんの『漂砂のうたう』にいきましょう。
小説好きのあいだではかねてから評価の高い書き手で、特におととし発表された
『茗荷谷の猫』は読書人の注目を集めました。
要するに、いつ直木賞候補になってもおかしくない実力派だってことです。
(ちなみに木内さんは女性です)
『漂砂のうたう』は、幕府が崩壊し、新しい時代が始まった明治十年、
御一新ですべてを失った元御家人の次男坊が根津遊郭に流れ着き、
そこでひとりの遊女と出会って・・・・・・というお話。
一読、唸らされました。うまい。これは木内さんの最高傑作ではないか。
声高に自由を唱える明治という時代からも取り残されたような人々を
優しく掬いあげるようにして描いています。
装丁もカバーをひろげてみると初めて小村雪岱の絵だとわかるセンスの良さ。
内容から装丁まですべて「いい仕事」がなされた一冊。
現代も維新の頃に匹敵するくらいに激しく時代が変化していますが、
おそらく著者はそんな現代に生きるぼくらに向けてこの小説を書いたのでしょう。
文春ものにいきましょう。
『悪の教典』はすでに年末の各ミステリーランキングで堂々1位を獲得、
山田風太郎賞も受賞した話題の一冊です。
貴志祐介さんはこの小説でついに日本文学史上最悪の主人公を生み出しました。
東京郊外の高校で教鞭をとる蓮実聖司は、生徒たちから抜群の人気を誇る
英語教師。ところがこの蓮実は、幼いころから殺人を繰り返してきた殺人鬼なのです。
さわやかでカッコよく、弁舌も冴え頭も切れる蓮実は、ただひとつだけ、
他人への共感能力が欠如しています。このため邪魔だと思った人間は
なんの心理的抵抗もおぼえることなく殺すことができるのです。
誰にも気づかれることなく殺人を重ねてきた蓮実ですが、あるとき、
ふとした計画の狂いから、ついにひとクラス分の生徒を皆殺しにすることを決意します。――。
この小説はおそらく選考会で物議をかもすでしょうね。
「生徒を教え導く教師は人格的にも優れている(に違いない)」という性善説で
成り立っている学校という空間に、悪魔が紛れ込んでいたらどうなるかという
ある種の思考実験の小説だと思いますが、ここまで殺して、殺して、殺しまくるとなると
授賞に反対する選考委員もいるのではないか。
個人的には、この小説はトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』の
レクター博士に匹敵する悪役を生み出してみせた記念碑的傑作だとは思いますが・・・・・・。
直木賞ともなれば普段小説を読まないような人たちもたくさん手に取るでしょうし、
そういう人が残虐描写のオンパレードを前にすると・・・・・・うーん、どうなんでしょう。
「巨人軍は紳士たれ」じゃないですけど、やっぱり最後は選考委員も優等生的判断をして
この作品は選ばないような気がするんですよねぇ。
今回で戦後初の5回連続ノミネートとなった道尾秀介さんの『月と蟹』です。
貧困や暴力など大人の都合で幼いながらも重いものを背負ってしまった
小学生の子どもたちを切なく描いた一冊。
父の会社が倒産して海辺の町に引っ越してきたら父が病死、
身を寄せた祖父は船の事故で片足を失っていて、
しかもその事故に巻き込まれて母親を失った女の子が同じクラスにいて、
友だちができたと思ったらその子は虐待を受けていて・・・・・・というふうに、
子どもたちは幼くしてすでに世界の理不尽さに直面しています。
自分の気持ちをまだうまく言葉で説明できない、小学5年生の心の動きが
とてもよく描けています。
切れ味鋭いトリックを持ち味にしていた道尾さんは、
このようなまるで純文学のような作品を手掛けていますが、
この『月と蟹』でようやくひとつの達成をみたように思います。
というわけで、駆け足ではございましたが、
第144回直木賞、当ブログの予想は、
道尾秀介さんの『月と蟹』と
木内昇さんの『漂砂のうたう』の同時受賞です!
投稿者 yomehon : 2011年01月16日 01:16