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2010年10月10日

おまんのモノサシ持ちや!


今年の夏休みは能登に行ってきました。
初めて訪れた能登は、起伏に富んだ海岸線や独特の黒い瓦の家々が
立ち並ぶ光景が珍しく、長時間のドライブでもまったく飽きることがありませんでした。
和倉温泉を拠点に気の向くまま奥能登まで足をのばすという感じで、
輪島では輪島塗業界の若きリーダー・桐本泰一さんの木工所に押しかけたり、
『漆 塗師物語』を読んで以来気になっている赤木明登さんの漆器を
お店で思う存分撫でまわしてみたりと(実はヨメの目を盗んでひとつ購入)休みを満喫しました。

ところで、近年地方をドライブしていて感じるのは、「道の駅」の充実ぶりです。
どこもその土地ならではの個性的な商品を取りそろえていて、行けば必ず
なにか面白いモノと出会えます。
今回も塩づくりで有名な珠洲市の道の駅で、「しおサイダー」なる珍しい飲みモノを発見。
味は「かすかにしょっぱさを感じるラムネ」といえばいいでしょうか。なかなかの優れモノでした。

実家のある九州でも道の駅の名物を網羅したガイドブックが売られるなど
ちょっとしたブームの様相を呈しているし、もしかしたら宝物は自分たちの
足元にあるんだということにみんな気づき始めているのかもしれません。


ところで宝物といえば、このあいだミシュランで3年連続三つ星を獲得した
銀座・小十の奥田透さんの『世界でいちばん小さな三つ星料理店』(ポプラ社)
いう本を読んでいたら(これは素晴らしい本!特に進路に悩む高校生などに
一読をすすめます)奥田さんが尊敬する志摩観光ホテルの高橋忠之シェフの話が
紹介されていました。

高橋シェフは29歳で料理長に就任した時、それまで当り前のようにエビフライや
カキフライなどを出していたホテルの料理を改め、世界中からお客さんが来るような
魅力のある料理を出せるホテルに変えようと大改革を起こします。

といっても高橋さんには海外はおろか、15歳で志摩観光ホテルに入社して以来、
他のホテルや飲食店での修行の経験もありませんでした。
そんな高橋さんがどのような改革を実行しようとしたのかといえば、
徹底的に足元を見つめたのだそうです。

ホテルの目の前の英虞湾には素晴らしい食材がある。
他の地域の食材は使わず、地元志摩の食材だけで自分たちの料理を作ろう。

高橋さんの考えに当初経営サイドからは強い反対の声もあがったそうですが、
彼は考えを曲げませんでした。
その結果はといえば、ご存知の方も多いかと思いますが、志摩観光ホテルは
黒鮑のステーキや伊勢エビのクリームスープといった海の幸のフレンチで
世界的に有名なホテルになったのです。

Think Globally, Act Locallyという言葉がありますが、
高橋シェフのエピソードは、まさにローカルに徹することで
世界水準にまで突き抜けてしまった好例かもしれません。


同じように足元を見つめることで
大きなメッセージを発している男が高知県にもいます。

『おまんのモノサシ持ちや!』篠原匡(日本経済出版社)は、
地元高知を中心に活動を続ける反骨のデザイナー・梅原真さんの
仕事ぶりを追いかけたノンフィクション。
これがたまらなく熱く、面白い人物ノンフィクションに仕上がっています。

梅原真さんのどこが面白いって、
まず手掛ける仕事は1次産業、すなわち農林漁業に関係したものばかりであること。
そしてほとんどの仕事が地元・高知県内に限定されていること(県外からの依頼を
受けることもありますが、それもほとんどが離島や半島、辺境の村などのもの)。
どんなに札束を積まれようが、権威のあるところからの依頼であろうが
自分の考えと相容れないクライアントの仕事は絶対に受けないこと。

まさに土佐の言葉でいう「いごっそう」(頑固で気骨がある男のこと)を
地でいくのが梅原真さんなのです。

でも、頑固で気骨があるだけならここまで彼が注目されることはなかったでしょう。

凄いのは、関わった仕事やプロジェクトがことごとく成功をおさめていること。
ちょっと並べてみても、

○地元の小さな水産会社のカツオの藁焼きたたきのパッケージを手掛けると、
 20億円を超える大ヒット商品に。

○無名の町の砂浜を「砂浜美術館」とし、年間20万人が訪れる観光地に。

○売上高が6000万円で足踏みしていたアイスの商品パッケージとコピーを
 手掛けた途端、売り上げが3億2千万円に跳ね上がる。


それだけではありません。
いまでは全国的に有名な地方ブランドに関わっていたというケースも多く、


○ゆずを使った町おこしで知られる高知県馬路村の「ぽん酢しょうゆ ゆずの村」

○島根県は隠岐諸島海士町の「島じゃ常識さざえカレー」


なども実は梅原さんの仕事なんだそうです。
この他、秋田の秘湯・乳頭温泉の鶴の湯や、鹿児島の名宿「忘れの里・雅叙苑」の
新しい宿泊施設「天空の森」といった、雑誌の特集で必ず取り上げられるような
施設のポスターなども手掛けていて、そのデザインワークは多岐にわたります。

このあたりの仕事ぶりはすべて梅原さんの作品集
『ニッポンの風景をつくりなおせ』(羽鳥書店)でみることができますが、
その土地のパワーを感じさせるようなデザインは、いちどみると忘れられません。


梅原さんには同業者のファンも多く、そんなひとりに原研哉さんがいます。
原研哉さんといえば、長野五輪や愛知万博の仕事、松屋銀座のリニューアル、
無印良品の広告展開などで活躍する日本を代表するグラフィックデザイナー。
(原さんの『デザインのデザイン』という本は名著。ぜひ読んでみてください)

シンプルで洗練された原さんの都会的なデザインと、
土着的な力強さを感じさせる梅原さんのデザインとでは対極にあるようですが、
原さんは梅原さんを「ライバル」と呼び、その才能に本気で嫉妬しているようなのです。

作品集に寄せた一文で、原さんは梅原さんのデザインを次のように評しています。

「ほれぼれとするような風通しの良さと、人の心を掴む握力、
そしておおらかな笑いにあふれている。さらに言えば丁寧に無用な気取りや
余分な詩情を始末している。まさにデザインがものに付与できる力を理想的に
発揮している状態であると僕は思う」


原さんの言う「デザインがものに付与できる力」を梅原流に翻訳するなら、
「一次産業×デザイン=風景」という方程式になるでしょう。

地方には今、あまり明るい話題がありません。
僕の田舎もそう。帰省した際に実家や隣近所から聞こえてくるのは、
やれ仕事がないとか、やれ子どもの数が少なくなったとか、
このままだと限界集落(イヤな言葉だ)になってしまうとか、そんな暗い話題ばかり。

『おまんのモノサシ持ちや!』には、
マイナスとマイナスを掛け合わせて状況をプラスに転じさせる手法や、
足元を見つめ「土地の遺伝子」を見つけ出す方法など、
元気のない地方を再生させるためのヒントがたくさん詰まっています。

でも、それらはあくまでもヒントに過ぎないということには注意が必要です。
梅原さんのメッセージでいちばん大切なのは、「自分のモノサシを持て」ということ。
自分のモノサシで周りを眺めてみれば、みんなが見慣れた光景だと思っている
ものの中に、あなただけが何か特別なものを見出せるかもしれません。
未来が不透明な時代だからこそ梅原さんのメッセージはますます重要性を
増しているように思えます。

ところで最近の梅原さんはまたまた面白いプロジェクトを始めているようです。
その名は「はちよんプロジェクト」。
坂本龍馬の有名なセリフに「ニッポンをいまいちど”せんたく”し直す」という言葉がありますが
(本当は龍馬じゃなくて横井小楠の言葉なんですけどね)
現代の土佐にも龍馬の言葉を地でいくような試みを始めている男がいるんですね。

『おまんのモノサシ持ちや!』『ニッポンの風景をつくりなおせ』。
興味がある方はぜひご一読ください。元気をもらえますよ!

投稿者 yomehon : 2010年10月10日 01:35