« 2010年04月 | メイン | 2010年08月 »

2010年07月14日

 第143回直木賞直前予想!


「いやー夏がやってきたなぁ!」とみなさんはどんなところで実感しますか?
海開きとか夕立とか仕事あがりの生ビールのおいしさとか、
季節の到来を実感するアイテムは人それぞれだと思いますが、
ぼくの場合はなんといっても直木賞!
直木賞の発表がやってくるとようやく夏という感じがします。

というわけで、今回も恒例の直木賞の直前予想といきたいと思います。

第143回直木賞の候補作は以下の通り。


乾ルカ  『あの日にかえりたい』 (実業之日本社)

冲方丁(うぶかた・とう)  『天地明察』 (角川書店)

中島京子  『小さいおうち』  (文芸春秋)

姫野カオルコ 『リアル・シンデレラ』 (光文社)

万城目学  『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』 (筑摩書房)

道尾秀介 『光媒の花』 (集英社)

今回は受賞作の予想に入る前に、ちょっとした見出しをつけてみましょう。
まず最初の見出し、それは、

「直木賞のプライドの高さに注目!」

これです。

あらためて言うまでもなく直木賞はエンターテインメント小説界きっての老舗文学賞です。
今回のラインナップをみると、その老舗のプライドをいたく刺激しそうな候補作が目につきます。
はたして選考委員たちはこれらの候補作をどう評価するのか。
このあたりが大いに注目されるわけです。

では、まずはその問題作からみていくことにいたしましょう。


道尾秀介さんの『光媒の花』は、人間の絶望と希望を巧みに描いた短編集。
初期の道尾さんは読者の思い込みや錯覚を利用したトリックを多用する作風でしたが、
少し前から普通小説というか、小細工を弄さず、登場人物の心理を正面から描く作風に
変わってきています。

この『光媒の花』もそうで、あっと驚くようなどんでん返しはありませんが、
救いのない重い話から始まって、次第に光が差し込んでくる方向へと向かう
展開は実に巧みで読ませます。
着実に実績を積み重ねてきた道尾さんならではの素晴らしい作品ですが、
ただ、この作品はすでに山本周五郎賞を受賞しているんですね。

新潮社の山本周五郎賞の後塵を拝するとは、
老舗たる直木賞のプライドからすればちょっと考えづらいわけです。


そのあたりの事情は、冲方丁さんの『天地明察』にも当てはまります。

わが国で初めて独自の暦を生み出すことに成功した
渋川春海を主人公としたこのビルドゥングス・ロマンの傑作は、
全国の書店員がもっとも売りたい本を選ぶ本屋大賞や
吉川英治文学新人賞などに選ばれたとはいえ、
直木賞受賞となるとかなりハードルが高いと言わざるをえません。
(当ブログでもいちはやく取り上げましたし個人的には大好きな作品なんですが・・・・・・)


直木賞というのは実にプライドの高い賞で、
基本的に他の賞の後追いはしませんし、また、本来は新進気鋭の作家に
与える賞という位置づけなのにもかかわらず、最近は既に世間での評価が
確立しているベテラン作家にまるで功労賞のように賞を与えたりして、
あたかもエンタメ系小説界を仕切っているのは直木賞だぞと言わんばかりの
振る舞いをみせています。
このような直木賞の性格を考えると、
残念ながら道尾さんと冲方さんの受賞はないと予想せざるを得ません。


さて、そこでもうひとつの見出しに行きたいと思います。
次なる見出し、それは、

「女性作家の戦い」

というもの。

『小さいおうち』の中島京子さんと『リアル・シンデレラ』の姫野カオルコさん。
実はこの2作が今回の大本命ではないかとぼくはにらんでいるのです。
しかも受賞するのはどちらか片方のみ。

『小さいおうち』は、昭和初期に、ある山の手の家庭に
女中奉公していた女性タキの回想録のかたちで物語が進みます。
時代が戦争へと向かう中、赤い三角屋根の家で営まれていた
昭和モダンな暮らし。その記憶をノートに綴るうちに、
やがて一家の上に起きた恋愛事件の秘密が明かされます。

とてもセンスのいい小説です。
特に最終章で語り手がタキの甥の息子に代わって、彼の探索によって
タキが語らなかった(もしくはタキ本人も気が付いていなかった)
タキ自身の胸の奥に秘められた「あること」に気がつくところなどは
素晴らしく上手い。

最近の小説は、異常な事件を起こしてみたり、主人公を特殊な境遇に置いてみたり、
そういうセコイ仕掛けで少しでも目立とうとする作品が多いような気がしますが、
この『小さいおうち』はその手の浅知恵とは一切無縁、「人に歴史あり」という
一点を、巧みなストーリーテリングと細やかな描写力と確かな時代考証とで
見事な物語に仕立て上げています。
田辺聖子さんの小説が好きな人なんかはハマるんじゃないでしょうか。


対する『リアル・シンデレラ』は、名作童話の翻案小説をつくるという仕事で
「シンデレラ」について調べていた女性ライターが、あるきっかけから
倉島泉という女性を紹介され、いつのまにか彼女の一代記を書くことになります。

この泉(せん)ちゃんこと倉島泉という女性は、別に大昔の人ではありません。
1950年に長野県の諏訪の温泉旅館に生まれた彼女は、母親に冷遇され、
美しい妹の陰に隠れて育ちますが、ふとした縁で信州屈指の名家の一人息子との
縁談が持ち上がり・・・・・・。

倉島泉の人生は、これはもうお読みいただくしかないでしょう。
物語は彼女を知る関係者の証言によって構成されていて、
そこから浮かび上がる彼女の人生は、読む者に深い余韻を残します。

「シンデレラ」という単語は、いまや女性の幸福や成功を象徴する言葉に
なっていますが、本当にそうなのでしょうか。幸せの定義とはなんでしょうか。
それは他人から羨ましがられて初めて実感できるものなのでしょうか・・・・・・。

この小説が投げかけるのは「幸福な人生とは何か」という問い。
アラサーおよびアラフォーの女性にぜひ読んでいただきたい小説です。

『小さいおうち』VS『リアル・シンデレラ』
う~ん、どっちだろう・・・・・・。
どちらもひとりの女性の人生を振り返る設定だし、両雄並び立たず。

答えを出す前に、その他の作品もみておきましょう。


乾ルカさんの『あの日にかえりたい』はファンタジーの味つけがなされた短編集。
未来の自分と出会ったり、亡くなった子どもや妻と再会したりといった話が並びます。
特に「翔る少年」がオススメ。男の子を持つ親だったりすると感涙必至です。
乾ルカさんは直木賞初ノミネートですが、今回は名刺代わりのノミネートで
受賞はないのではないでしょうか。


万城目学さんの『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』は、
万城目ファンにはお馴染みのちょっと不思議な設定の小説。

かのこちゃんは小学一年生の元気な女の子。
そしてマドレーヌ夫人はといえば、これが猫なのです。
名前から毛足の長い優雅な洋猫を想像するかもしれませんが、
淡い茶味がかったいわゆるアカトラと呼ばれる猫で、
それがなんで「マドレーヌ」なんていう洋風の名前で呼ばれているかといえば、
この猫が外国語を話すからなんです。猫にとっての外国語、それは犬の言葉。
なんとマドレーヌ夫人は玄三郎という名前の犬と結婚していて、
かのこちゃんのおうちで仲良く暮らしているというわけです。

もうこの時点ですでに万城目ワールドにどっぷりハマってしまった感じ。
ただし、この小説はいつもの大仕掛けな万城目作品とはちょっと違って、
なんというか、いい意味で小さくまとまったとてもチャーミングな作品なんです。

かのこちゃんという小学一年生も素晴らしくよく書けているし
(それにしても万城目さんはどうして小学一年生のアタマの中まで見えるんだろう)
マドレーヌ夫人と玄三郎の種を超えた(?)夫婦愛にもホロリとさせられるし、
いや~この小説、ぼくは好きですね。

あの、小さな子どもの仕草なんかを見ていて、
思わず微笑んじゃったりすることってありません?
この小説にはその手の「思わず笑みがこぼれるポイント」がたくさんあるんですよ。

特に、かのこちゃんとお友だちのすずちゃんが
かのこちゃん家でお茶会の真似ごとをした後、
縁側でそろって両の鼻の穴に親指を突っ込んで
残りの指をひらひらさせながら遊んでいるのを
玄三郎とマドレーヌ夫人が見つめているシーンなんて、
いろんな小説に描かれた幸福な光景の中でも白眉なんじゃないか。

この世界を肯定すること、人生を祝福することが
文学の役割のひとつなのだとすれば、
『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』
立派にその役割を果たしていると言えましょう。


さてさて、そんなわけで、そろそろ
第143回直木賞の予想を述べさせていただきます。

今回の直木賞の受賞作は・・・・・・

ズバリ、姫野カオルコさんの『リアル・シンデレラ』、
そして万城目学さんの『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』
2作同時受賞と予想します。


中島京子さんは文芸春秋刊行作品でもあるしかなり迷いましたが、
姫野カオルコさんはこれまで何度もエントリーしていて、
さすがにもう受賞してもいいタイミングであること。
(なにしろあの傑作『ツ、イ、ラ、ク』で落選してるんですから)

そしてこの『リアル・シンデレラ』が、お母様の介護でご苦労なさったり、
ご自身も体調を崩されたりした中で書かれているということも
受賞への後押しになるのではないかと思いました。


万城目さんの『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』はといえば、
これはもうぼくの好みに過ぎません。
というか、うつむき加減のこういう時代だからこそ、こういう小説が読まれるべきです。


というわけで、第143回直木賞は、
『リアル・シンデレラ』を読んで「幸せってなんだろう」とおのれを振り返り、
『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』で「生きるって素晴らしい」とポジティブになる。
そんな流れでいかがでしょうか選考委員のみなさん!!

投稿者 yomehon : 01:46

2010年07月11日

宇宙飛行士になりたい!!


ちょっとわけあってずいぶんご更新を無沙汰してしまいました。
実はヨメとのあいだで史上最大のバトルが勃発していまい
徹底抗戦を続けてきたのですが、先日ようやく停戦合意が結ばれ、
日常生活に復帰することができたわけです。

それにしてもこの2カ月あまりというもの、
仕事から帰宅するとまっすぐ本の部屋に向かい
バリケードに立てこもるという過酷な日々を送っていました。

いまとなっては紛争のきっかけさえ定かではないのですが
(たぶん世の夫婦喧嘩の多くがそうであるようにささいなことですきっと)
諍いがエスカレートするにつれてヨメの攻撃対象が本へと移っていったものですから
さあ大変。命の次に大切な本を守ろうと自衛権を発動し紛争が長期化したのです。

過酷な闘争の日々にあってもページを捲る手だけは
休めることはありませんでしたが、そんな特殊なストレス環境下にいたせいか
今回はみなさんにぜひこの本をご紹介したいと思うのです。


『ドキュメント宇宙飛行士選抜試験』大鐘良一 小原健右(光文社新書)は、
2008年に日本で10年ぶりに募集された宇宙飛行士選抜試験の一部始終を
史上初めて取材することに成功したNHKの番組スタッフによるドキュメンタリー。

応募総数は史上最多。
けれども、人類にとってもっとも過酷な環境である宇宙空間で活動する
宇宙飛行士を選ぶだけあって、その選抜試験は難関かつ苛烈を極めます。

いったい宇宙空間はどれくらい人間にとって過酷な環境なのでしょうか。
宇宙ステーションの薄い壁の向こうはほとんど真空に近い状態で、
温度も寒暖の差が200度以上にもなります。
宇宙飛行士は放射線に間断なくさらされているだけでなく、
「スペースデブリ」と呼ばれる古い人工衛星の残骸などが
いつ宇宙ステーションに直撃して隔壁に穴を開けないとも限らない
危険とも隣り合わせです(実際、1997年にはロシアの宇宙ステーション「ミール」で
酸素供給装置に不備があり火災が発生するという事故がありました)。


中でも1970年4月に打ち上げられたアポロ13号で発生した事故は、
宇宙飛行士を襲った史上最悪の事態として広く知られています。
酸素タンクが爆発し、酸素も電気も水も新たに供給することができない。
しかも地球に帰還するためには3人の宇宙飛行士が
100時間を宇宙空間で過ごさなければならないにもかかわらず、
二酸化炭素を除去するフィルターは2人分でしかも2日分しかない。

このような絶望的な状況のもと、宇宙飛行士たちは、電力供給が断たれ、
氷点下近くまで温度の下がった船内で、地上からの指示に従って、
ボール紙などのありあわせの材料でフィルターを自作したほか、
地球への再突入にあたっては、地上が新たに作成した手順書を
(読み上げるのに2時間もかかるほど複雑多岐にわたる内容だったそうです)
正確に理解して冷静に実行に移していったのです。

ただでさえ過酷な宇宙空間で、予期せぬトラブルが起き、
しかも想像を超えるような危機的状況に陥ってしまった――。
JAXA(日本宇宙航空研究開発機構)は、
10年ぶりに実施した宇宙飛行士選抜試験で、
このような最悪の事態にも対処できる人間を選ぼうとしていました。


最終選抜試験に残ったのは10人の候補者たち。
男性が9名、女性が1名、年齢は全員が30代ですが、
職業は航空自衛隊や民間航空会社のパイロット、医師、
民間企業の技術者や科学者などバラエティにとんでいます。

彼らにまず課せられたのは、閉鎖環境施設での共同生活でした。

どんなに気心の知れた仲間であっても、宇宙ステーションのような
閉鎖空間での生活が長く続くと、相手のささいな言動や仕草に
ストレスを感じてしまうということが起こりえます。
文化や習慣の違う他国の人間との共同生活ともなればなおのこと。
ロシアの宇宙ステーション「ミール」では、長期滞在に耐えられず仲間と不仲になり、
うつ病になってしまった宇宙飛行士もいるそうですし、実際の宇宙ステーションの
生活には、人間関係だけでなくさまざまなストレス要因があるといいます。


本書で初めて知ったのですが、そのひとつが「音」です。
宇宙ステーションの中はものすごくうるさいらしい。
換気扇や冷却ポンプといった機器類が絶え間なく引き起こす騒音が
船内には充満しているそうです。

もうひとつ、「臭い」もストレスの大きな原因となるそうです。
これも知らなかったのですが、宇宙ステーションやスペースシャトルの中は
ものすごく臭いらしい。長期滞在ともなれば6ヶ月間は風呂に入れないわけですから
当然といえば当然ですが、閉鎖環境下で暮らす人間にとっては他人の体臭が
ストレスの原因となることもじゅうぶんにあり得るわけです。

ともあれ、10人は閉鎖環境施設に入れられ、仲間たちと1週間過ごすことを
余儀なくされます。しかも24時間すべてを監視され、その間の言動のすべてが
評価の対象になるという過酷な状況。
それだけではありません。10人にはさらに15分単位で細かく決められた
スケジュールをこなすという負荷がかけられます。


JAXAはここで、ストレス耐性だけではなく、団体行動の中で
それぞれがどんな力を発揮するかをみようとしていました。
JAXAはこれを「リーダーシップ」(指導力)と
「フォロワーシップ」(リーダーを支援する力)と呼び、
今回の試験でもっとも重要な採用基準としていました。

国際宇宙ステーションでの長期滞在が当たり前となるに伴い、
JAXAでは「船長」となれる人物を育成しようと考えるようになりました。
実際、若田光一さんのように、ロボットアームの操作で世界屈指技量を持ち、
NASAの評価で最高ランクの宇宙飛行士とされるような人物も出てきています。
JAXAでは、他国の宇宙飛行士からもリスペクトされる若田さんのように、
「船長」になれる可能性を秘めた人間を今回の試験で発掘しようとしていたのです。


試験はその後、「空飛ぶ車を売れ」という架空の課題に向かって
10人で一丸となる必要のある課題が出されたり、規定時間内で千羽鶴を折らされたり、
2チームに分かれてロボットを作らされたりします。しかも国内の試験の後は
渡米してNASAでの面接が待っているのですが、そのあたりの詳しいプロセスは、
ぜひ本を手にとってお読みください。JAXAはもとより、NASAも宇宙飛行士の
試験を公開するのは50年の歴史で初めてのことだそうです。
本書がいかに貴重なドキュメントかがおかわりいただけると思います。


ぼくがこの本を読んで非常に面白いと感じたのは、
いろんな試験の場面で、その都度力を発揮する人間が替わることでした。

たとえば、「自己紹介を特技などを使って行え」という課題では、
それまで10人の中でもっとも冷静だと思われていたある候補者が
意外な一面をみせてみんなの度肝を抜きます。

またNASAの幹部を前にしたプレッシャー面接では、
ある候補者が取り出した一冊のノートが面接官たちの心を動かします。

ある試験では結果を出すことができなかった候補者が、
別の局面では誰よりも力を発揮することがある。
候補者それぞれの個性が垣間見えるこのあたりは
本書の読みどころのひとつでもあります。


試験というと、なにか特定の能力に長けているかどうかをみるものと
思われがちですが、本書を読み進むうちに見えてくるのは、
宇宙飛行士選抜試験で試されているのは、
そういう限定的な能力や知識にとどまらない、
その人の「人間力」そのものだということです。

「人間力」をもう少し詳しく言葉にするならば、
「困難に直面しても、決して折れない心で他人と協力しあえる能力」
とでもまとめられるでしょうか。

その意味では、10人の候補者は、誰もが「人間力」あふれる魅力的な人物でした。

でもなによりも、就職試験にしてみたらこれ以上ないというくらいに
狭き門である宇宙飛行士に求められる資質が、けっして特殊なものではなく、
すべての職業に通じるようなものだということがちょっと意外ではありませんか。

投稿者 yomehon : 04:13