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2010年01月14日

 第142回直木賞 直前予想!


半年にいちどやってくる直木賞予想。
ではありますが、今回はちょっと焦りました。
毎回候補作が発表されるたびに
半分くらいはすでに読んでいたりするのですが、
今回はなんたることか一冊も読んでいませんでした。

ということは、候補作が発表されてから選考会までのおよそ10日間で、
6つの候補作をすべて読破しなければならないことになります。

そのため、通勤電車の中は言うに及ばず、トイレ、風呂、食事の席、布団の中など、
ちょっとしたすき間の時間もすべて読書に費やし、ようやく読み終えることができました。
ふう~。


さて、では候補作をみていきましょう。
今回、候補になったのは以下の作品です。

池井戸潤 『鉄の骨』 (講談社)

佐々木譲 『廃墟に乞う』 (文藝春秋)

白石一文 『ほかならぬ人へ』 (祥伝社)

辻村深月 『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』 (講談社)

葉室麟   『花や散るらん』 (文藝春秋)

道尾秀介 『球体の蛇』 (角川書店)


キャリアも作風もバラバラ、
今回はいつにも増して予想が難しいラインナップです。

でも大丈夫。
全作を読み終えた瞬間、ぼくの脳裡には、
突如として天啓のように受賞作がひらめいたのでした。

ズバリ!今回の受賞作は――といきたいところですが、
結論はもったいぶって後で述べるとして、まずは簡単に候補作をご紹介しましょう。


池井戸潤 『鉄の骨』ひとことで言えば、通称「談合課」と呼ばれる部署へ異動となった
若きゼネコンマンの奮闘を描いた青春小説。疑問を抱きながらも、大規模な公共事業の
入札にまつわる談合調整に巻き込まれる主人公の成長が読みどころ。


佐々木譲 『廃墟に乞う』
思わず、えっ!まだ直木賞受賞していませんでしたっけ?と思ってしまったくらい
これまで数々の素晴らしい作品を世に問うてきたベテランです。
近年では傑作『警官の血』が評判となりました。
候補作は、ある事件がきっかけで心を病み、休職中の北海道警の刑事のもとに
持ち込まれるさまざまな事件を描いた連作短編集。
屈託を抱えた主人公の魅力もさることながら、北海道在住の著者ならではの風土描写も魅力的。
ただし、それぞれの物語の決着のつけかたはわりとあっさりしており、
『警官の血』のような重厚な作風を想像している向きは肩すかしを食うかも。


白石一文 『ほかならぬ人へ』
表題作と『かけがえのない人へ』と題した2編からなります。
エリート一家に生まれたことに疎外感をおぼえる男がキャバクラ嬢と結婚して
その後いろいろあったり、東大出の同僚との結婚が決まっているにもかかわらず
上司との不倫を続ける女性の身にその後いろいろあったり・・・・・・というお話。
いつも思うのですが、この著者はとても人間関係にナイーブな方ですね。
この世には「真実の愛」と「偽りの愛」があるなんて考えている人はハマると思います。
ぼくはどちらかといえば著者のお父上でいらっしゃる故・白石一郎氏の直木賞受賞作
『海狼伝』のような豪快な物語のほうが肌にあっておりまして・・・・・・スミマセン。


辻村深月 『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』
都会でフリーライターとして活躍するみずほと、地元企業に勤めるチエミ。
ふたりの幼馴染みの人生が、ある殺人事件をきっかけに交錯するというお話。
母と娘の関係とか、女同士の愛と憎しみとか、とにかく女のありとあらゆる顔が
描かれた小説です。女子による女子のための小説ですね。
辻村さんはもしかしたら受賞するのでは?とも思わないでもないのですが、
直木賞初エントリーということもあり、今回は顔見世にとどまるような気がします。


葉室麟 『花や散るらん』
佐々木譲さんの『廃墟に乞う』もそうですが、直木賞の興行元の文藝春秋出版という
こともあって、ひときわ念入りに読み始めたものの・・・・・・これって第140回の候補作
『いのちなりけり』の続編ですね。うーむ。続編がまた候補ですか・・・・・・。
あのー葉室麟さんはすごく好きな作家です。清冽な作風というか、涼やかな風が
からだを通り抜けていったような読後感はちょっと他では味わえません。
それにこの『花や散るらん』では、これまでさんざん描かれてきた「忠臣蔵」の物語を
新しい切り口で作品化することにも成功しています。新しい切り口というのは、
これまたあらゆる人の手垢がついてる「大奥」の物語とミックスさせるという手法。
面白くてしかも爽やかな作品に仕上がっております。
ですが、やはりこれは前作『いのちなりけり』とセットで考えるべきしょう。
よって本作が単独で受賞するのはちょっと変じゃないでしょうか。


道尾秀介 『球体の蛇』
若くして他人には明かせない秘密を抱えてしまった青年が主人公。
彼はある人を死なせてしまったという罪の意識に苛まれながら生きています。
「原罪」とでも言うのでしょうか、人間が生きながらに犯してしまう罪がテーマの
非常に読み応えのある小説です。作中に漲る不穏な空気に、桜庭一樹さんの
『私の男』なんかと相通ずるものを感じてしまうのはぼくだけでしょうか。


さて、以上を踏まえまして、当コラムの予想を申し上げます。
第142回直木賞受賞作は――


池井戸潤さん『鉄の骨』 
道尾秀介さん『球体の蛇』のダブル受賞と予想いたします!!


池井戸潤さんは、山本周五郎賞の候補にもなるなどこのところ上り調子。
『鉄の骨』はエンタメ小説の王道を行く作品です。
正義感にあふれる主人公、個性的な談合課の面々、謎のフィクサー、
銀行員の恋人などのキャラクター造型がちょっとベタだったりもするのですが、
建設業界を舞台にここまで読ませる物語を作り上げた手腕はお見事。
誰もが楽しめるエンターテイメントで直木賞にも相応しい作品です。
というかたまにはこういう直球ど真ん中な作品もいいのではないでしょうか、選考委員のみなさん。

このところ毎回候補にあがっていた道尾秀介さん。
すぐれたテクニックを駆使して、巧妙なトリックやどんでん返しを描くことの多かった
道尾さんですが、 『球体の蛇』では抑制の利いた筆致で人間の心理をじっくり描いて
新境地を切り開きました。さすがに今回は直木賞をあげるタイミングだと思います。


というわけで2作受賞を予想いたしましたがどうなりますでしょうか。
選考会は14日(木)の17時から開かれます。

投稿者 yomehon : 2010年01月14日 01:38