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2010年01月18日

直木賞予想大外し


それにしても豪快に外してしまったなぁ。
いや直木賞予想のことなんですけど。
惨憺たる結果に終わってしまいました。
当欄で直前予想をするようになって今回で10回目なんですが、
ダブル受賞を予想しておきながらふたりとも外したのは
たぶん初めてなんじゃないでしょうか。あー恥ずかしい。

いまさらながら第142回直木賞を受賞作は、
佐々木譲さんの『廃墟に乞う』と白石一文さん『ほかならぬ人へ』に決まりました。


白石一文さんの『ほかならぬ人へ』は恋愛小説です。

ひとことでいえば「ほんとうの愛って何?」というお話。
けれども、ヨメと血で血を洗う家庭内抗争を日夜繰り広げている身からしますと、
「ほんとうの愛?そんなもんあるかい!」と思ってしまうわけです。
ですからこの小説は、「真実の愛」とか「運命の相手」とか
あなたがもしそんな言葉を素直に信じられる人であればグッとくるはず。

白石さんは史上初の親子受賞が話題になっていますが、
個人的にはむしろこれを機にお父様・白石一郎さんの
直木賞受賞作『海狼伝』が広く読まれることを切に希望します。

『海狼伝』は戦国時代末期を舞台に海賊として成長していく少年の姿を描いた
海洋冒険小説の大傑作。そもそもこれだけ海に囲まれていながら、この国には
きちんと海を描いた小説というのが少ないのです。そういう意味でもこの『海狼伝』
もっともっと人々に読まれるべき小説です。


佐々木譲さんの受賞は、佐々木さんご自身がとっくに受賞していて
おかしくないくらいの大御所ですから不思議でもなんでもありませんが、
この『廃墟に乞う』での受賞というのは意外でした。

『廃墟に乞う』はある事件をきっかけに心を病んで休職中の刑事仙道が
いろいろな事件に巻き込まれる様を描いた連作短編集です。

依頼が持ち込まれて主人公が事件を調べるハメになって・・・・・・というところは、
「探偵小説」の定型を踏襲していますが、 『廃墟に乞う』のユニークな点は、
主人公を「休職中の刑事」とした点です。
休職中なので正式な捜査はできない。
この制約があるためにおのずから主人公の動きは制限されます。
つまり手帳をちらつかせたりせず愚直に関係先へ聞き込みを行うしかないわけです。
主人公にこのようなシバリを課したことで結果的に物語に落ち着いた味わいがもたらされました。

それからもうひとつ、舞台が北海道であることも佐々木作品ならでは。
外国人観光客がわんさと押し寄せて大盛況のリゾートも(「オージー好みの村」)、
いまはすっかり寂れてしまった炭坑の町も(「廃墟に乞う」)、それぞれが固有の物語を
持った土地としてしっかりと描き分けられている。このあたりは北海道で生まれ育った
著者の独壇場でしょう。

重厚な読み口の長編作品に定評のある著者だけに
『廃墟に乞う』のようなさらりと読める連作短編集での受賞は意外でしたが、
まだ佐々木譲さんの小説を読んだことがない方なんかには
入り口としてすごくオススメできる作品です。ぜひこの機会にいかがでしょうか。

投稿者 yomehon : 01:26

2010年01月14日

 第142回直木賞 直前予想!


半年にいちどやってくる直木賞予想。
ではありますが、今回はちょっと焦りました。
毎回候補作が発表されるたびに
半分くらいはすでに読んでいたりするのですが、
今回はなんたることか一冊も読んでいませんでした。

ということは、候補作が発表されてから選考会までのおよそ10日間で、
6つの候補作をすべて読破しなければならないことになります。

そのため、通勤電車の中は言うに及ばず、トイレ、風呂、食事の席、布団の中など、
ちょっとしたすき間の時間もすべて読書に費やし、ようやく読み終えることができました。
ふう~。


さて、では候補作をみていきましょう。
今回、候補になったのは以下の作品です。

池井戸潤 『鉄の骨』 (講談社)

佐々木譲 『廃墟に乞う』 (文藝春秋)

白石一文 『ほかならぬ人へ』 (祥伝社)

辻村深月 『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』 (講談社)

葉室麟   『花や散るらん』 (文藝春秋)

道尾秀介 『球体の蛇』 (角川書店)


キャリアも作風もバラバラ、
今回はいつにも増して予想が難しいラインナップです。

でも大丈夫。
全作を読み終えた瞬間、ぼくの脳裡には、
突如として天啓のように受賞作がひらめいたのでした。

ズバリ!今回の受賞作は――といきたいところですが、
結論はもったいぶって後で述べるとして、まずは簡単に候補作をご紹介しましょう。


池井戸潤 『鉄の骨』ひとことで言えば、通称「談合課」と呼ばれる部署へ異動となった
若きゼネコンマンの奮闘を描いた青春小説。疑問を抱きながらも、大規模な公共事業の
入札にまつわる談合調整に巻き込まれる主人公の成長が読みどころ。


佐々木譲 『廃墟に乞う』
思わず、えっ!まだ直木賞受賞していませんでしたっけ?と思ってしまったくらい
これまで数々の素晴らしい作品を世に問うてきたベテランです。
近年では傑作『警官の血』が評判となりました。
候補作は、ある事件がきっかけで心を病み、休職中の北海道警の刑事のもとに
持ち込まれるさまざまな事件を描いた連作短編集。
屈託を抱えた主人公の魅力もさることながら、北海道在住の著者ならではの風土描写も魅力的。
ただし、それぞれの物語の決着のつけかたはわりとあっさりしており、
『警官の血』のような重厚な作風を想像している向きは肩すかしを食うかも。


白石一文 『ほかならぬ人へ』
表題作と『かけがえのない人へ』と題した2編からなります。
エリート一家に生まれたことに疎外感をおぼえる男がキャバクラ嬢と結婚して
その後いろいろあったり、東大出の同僚との結婚が決まっているにもかかわらず
上司との不倫を続ける女性の身にその後いろいろあったり・・・・・・というお話。
いつも思うのですが、この著者はとても人間関係にナイーブな方ですね。
この世には「真実の愛」と「偽りの愛」があるなんて考えている人はハマると思います。
ぼくはどちらかといえば著者のお父上でいらっしゃる故・白石一郎氏の直木賞受賞作
『海狼伝』のような豪快な物語のほうが肌にあっておりまして・・・・・・スミマセン。


辻村深月 『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』
都会でフリーライターとして活躍するみずほと、地元企業に勤めるチエミ。
ふたりの幼馴染みの人生が、ある殺人事件をきっかけに交錯するというお話。
母と娘の関係とか、女同士の愛と憎しみとか、とにかく女のありとあらゆる顔が
描かれた小説です。女子による女子のための小説ですね。
辻村さんはもしかしたら受賞するのでは?とも思わないでもないのですが、
直木賞初エントリーということもあり、今回は顔見世にとどまるような気がします。


葉室麟 『花や散るらん』
佐々木譲さんの『廃墟に乞う』もそうですが、直木賞の興行元の文藝春秋出版という
こともあって、ひときわ念入りに読み始めたものの・・・・・・これって第140回の候補作
『いのちなりけり』の続編ですね。うーむ。続編がまた候補ですか・・・・・・。
あのー葉室麟さんはすごく好きな作家です。清冽な作風というか、涼やかな風が
からだを通り抜けていったような読後感はちょっと他では味わえません。
それにこの『花や散るらん』では、これまでさんざん描かれてきた「忠臣蔵」の物語を
新しい切り口で作品化することにも成功しています。新しい切り口というのは、
これまたあらゆる人の手垢がついてる「大奥」の物語とミックスさせるという手法。
面白くてしかも爽やかな作品に仕上がっております。
ですが、やはりこれは前作『いのちなりけり』とセットで考えるべきしょう。
よって本作が単独で受賞するのはちょっと変じゃないでしょうか。


道尾秀介 『球体の蛇』
若くして他人には明かせない秘密を抱えてしまった青年が主人公。
彼はある人を死なせてしまったという罪の意識に苛まれながら生きています。
「原罪」とでも言うのでしょうか、人間が生きながらに犯してしまう罪がテーマの
非常に読み応えのある小説です。作中に漲る不穏な空気に、桜庭一樹さんの
『私の男』なんかと相通ずるものを感じてしまうのはぼくだけでしょうか。


さて、以上を踏まえまして、当コラムの予想を申し上げます。
第142回直木賞受賞作は――


池井戸潤さん『鉄の骨』 
道尾秀介さん『球体の蛇』のダブル受賞と予想いたします!!


池井戸潤さんは、山本周五郎賞の候補にもなるなどこのところ上り調子。
『鉄の骨』はエンタメ小説の王道を行く作品です。
正義感にあふれる主人公、個性的な談合課の面々、謎のフィクサー、
銀行員の恋人などのキャラクター造型がちょっとベタだったりもするのですが、
建設業界を舞台にここまで読ませる物語を作り上げた手腕はお見事。
誰もが楽しめるエンターテイメントで直木賞にも相応しい作品です。
というかたまにはこういう直球ど真ん中な作品もいいのではないでしょうか、選考委員のみなさん。

このところ毎回候補にあがっていた道尾秀介さん。
すぐれたテクニックを駆使して、巧妙なトリックやどんでん返しを描くことの多かった
道尾さんですが、 『球体の蛇』では抑制の利いた筆致で人間の心理をじっくり描いて
新境地を切り開きました。さすがに今回は直木賞をあげるタイミングだと思います。


というわけで2作受賞を予想いたしましたがどうなりますでしょうか。
選考会は14日(木)の17時から開かれます。

投稿者 yomehon : 01:38

2010年01月05日

これぞ現代エンタテイメント小説の最高水準! 東野圭吾 『新参者』


あけましておめでとうございます。
あっという間にお正月休みも終わってしまいましたね。
なんだか年々この「あっという間」感が強まっているような気がします。

昔はお正月休みといえば、時間もたっぷりあってかなりの数の本が読めたものですが、
いまやさあ読むぞと取りかかっても、気がつけばコタツでうとうとしているような有様で、
ちょっと分厚い小説を一冊読み終えられるかどうかというところ。
年をとるにつれてどんどん読める本の数が少なくなってきているのが悲しいです。


そんなわけで、新年の「読み初め本」には
山田風太郎の『人間臨終図巻』(徳間文庫)を選び、
なんとなく老いとか晩年みたいなことに思いを馳せてしまいました。
この本は、古今東西の著名人の死に方を、享年(死んだ時の年齢)ごとに
十代から百代までずらりと並べてみせたもので、
時折思いついたように手にとってはページをめくるのですが、
今年の自分の年齢にちなんで特に「四十歳で死んだ人々」の項を熟読してしまいました。
(ちなみに四十歳で死んだ人は、石田三成、エドガー・アラン・ポー、
国定忠治、幸徳秋水、高橋和巳、ジョン・レノンらです)


厳しい風が吹いているのは出版界も同様ですけれど、
今年もヨメの目を盗んでガンガン本を大量購入し、
みなさんに少しでも面白い本をご紹介できればと思います。
本年もよろしくお願いいたします。


さて、新年最初にご紹介する一冊は、昨年話題になったにもかかわらず
ご紹介できずにいた東野圭吾さんの『新参者』(講談社)です。

東野圭吾さんといえば当代随一の流行作家ですが、
流行作家に必要な能力とは何でしょうか。

まず真っ先に挙げなくてはならないのは「量産がきく」ということです。
読者のもとへ次から次に新作を届けることのできる筆力は、流行作家に不可欠です。

でもこれだけではまだ十分とはいえません。
もうひとつ流行作家には必要なものがあります。
それは、「引き出しの多さ」です。

読者というものは、贔屓の作家の新作を手に取るたびに、期待と同時に
その期待がいい意味で裏切られることも心のどこかで望んでいるものです。
新作ごとにスタイルや作風をガラリと変える。あるいは新しいアイデアを打ち出す。
こうして読者の期待を心地よく裏切り飽きさせない能力が流行作家には必須です。

ただしそのためには物語の「引き出し」を数多く持っていなければなりません。
第一線で活躍する流行作家はみな例外なくいくつもの引き出しを持っています。
ハードボイルドから歴史大河ロマンまで手掛ける北方謙三さんしかり、
ミステリー、時代物、ファンタジーとジャンルを横断して活躍する宮部みゆきさんしかり。


近年、ミステリーのジャンルで驚異的な引き出しの多さを
ぼくらにみせてくれているのが東野圭吾さんです。
(たとえばドラマや映画でお馴染みとなった探偵ガリレオシリーズは、
トリックを科学的に解明する天才物理学者という新しい探偵像を生み出しました)


そしてこの『新参者』でも東野さんは新たな引き出しを開けてみせてくれました。
『新参者』はこれまでになかったまったく新しいタイプのミステリー小説なのです。


江戸情緒がいまも色濃く残る人形町。
物語は人形町の甘酒横町にある煎餅屋から始まります。

店を訪れた保険の外交員のアリバイを確認するために刑事たちがやってきます。
小伝馬町で一人暮らしの女性が殺される事件があったためです。
刑事の中には日本橋署に着任したばかりの加賀恭一郎がいました。

加賀は下町の人々の生活にまつわる小さな謎を解明しながら、
やがて殺人事件の謎にも迫っていくのでした・・・・・・。


『新参者』のどこが新しいのか。
それは捕物帳の世界を現代に甦らせたところにあります。

捕物帳は、大正6年(1917年)に発表された岡本綺堂の『半七捕物帳』
鼻祖とする江戸時代を舞台にした探偵物語で、時代小説と推理小説を
融合させたところにその新しさがありました。
謎解きの面白さと江戸庶民のいきいきとした生活の描写を両立させ、
後輩作家たちに多大な影響を与えた傑作です。
(捕物帳について詳しく知りたい方は、縄田一男さんの『捕物帳の系譜』をどうぞ)

『新参者』はこの『半七捕物帳』を嚆矢とする捕物帳のテイストを
現代の人形町を舞台に描こうとした試みだと思うのです。

『新参者』では殺人事件という大きな謎が核になってはいますが、
物語は独立した短編としても読める九つの章によって構成されています。
いずれも下町の人々の日常生活の中のささやかな謎を扱った内容となっており、
これがどれも下町の人情をベースにした非常にいい話なんです。
(「洋菓子屋の店員」と題した第五章なんて思わずホロリときてしまう)
これらの人情話のテイストは紛れもなく捕物帳を彷彿とさせるものです。
江戸情緒を今に伝える人形町を舞台に選んだのも素晴らしく効いている。


さらに。
半七にしろ、銭形平次にしろ、むっつり右門にしろ、
捕物帳にはまた魅力的な主人公も不可欠ですが、
『新参者』はこの点でもお見事。
たとえば作中に出てくるこんなセリフを見ただけで、
主人公・加賀恭一郎がどんな人物かがおわかりいただけるかと思います。


「加賀さん、事件の捜査をしていたんじゃなかったんですか」
「捜査もしていますよ、もちろん。でも、刑事の仕事はそれだけじゃない。
事件によって心が傷つけられた人がいるのなら、その人だって被害者だ。
そういう被害者を救う手だてを探しだすのも、刑事の役目です」


下町の人情話とミステリーの見事な融合。
日常のささやかな謎の絵解きが、やがて殺人事件の解明へとつながる巧緻なプロット。
連作短編集としても、ひとつの長編としても、一冊で二度楽しめるお得感。

なにからなにまで至れり尽くせりの『新参者』は、
まさに現代エンタテイメント小説の最高水準といっていい作品です。

投稿者 yomehon : 00:36