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2009年07月20日
祝直木賞!北村薫作品の魅力を語ろう!
第141回直木賞は北村薫さんの『鷺と雪』が受賞しました。
おめでとうございます!
「西川美和さんとのダブル受賞」の予想は外れてしまいましたが、
北村さんはとっくに受賞していておかしくないほどの大家ですから、
この結果は不思議でもなんでもありません。
『鷺と雪』は、女子学習院に通う士族令嬢の花村英子と、
お付きの運転手「ベッキーさん」こと別宮(べつく)みつ子が活躍する
ミステリー短編集です。
時代は昭和初期。
帝都東京は、大正時代から続くモダンな雰囲気を残しつつも、
徐々に不穏な空気を漂わせていました。
そんな中、英子の周辺で小さな事件が起こります。
友人の侯爵家令嬢の小父様が失踪した事件。
老舗和菓子店の小学生の息子が夜の上野で補導された事件。
そして台湾にいるはずのある男性が銀座で記念写真に写っていた事件。
これらの謎を英子がベッキーさんの力を借りながら解いていきます。
それぞれの事件は人の生死に関わるようなものではなく、
謎の真相も明かされてみれば、実に微笑ましい他愛のないものだったりします。
しかしその一方で、時代は確実に暗い方向へと歩みを進めていました。
物語は英子の「お嬢様時代の終わり」を暗示しつつ、
雪の降る昭和11年2月26日で幕を閉じます。
さすが熟練の物語作家による作品だけあって、
細かいところまで目の行き届いたエンターテイメントに仕上がっています。
老若男女を問わず、誰もが安心して楽しめる短編集といっていいでしょう。
今回の直木賞をきっかけに北村さんの小説を
読んでみたいという方のためにお知らせしておくと、
北村薫という作家にはおおきく3つの特徴があります。
ひとつは「フェミニンな感覚」です。
北村さんは女性を描くのがたいへんに上手い。
埼玉県の高校で国語の先生をしていた北村さんは、デビュー作の『空飛ぶ馬』以来
しばらくは、素性を隠した覆面作家として作品を発表し続けていました。
彼の描く小説の主人公が女子大生で、文章のテイストも女性っぽかったことから、
正体が明らかになるまでは本気で「北村薫=女性説」があったくらいです。
そういえば英子とベッキーさんとの関係も、宝塚の娘役と男役を連想させます。
別の作家が書けば、ベッキーさんの役はきっと男になってしまうはずで、
そこに女性キャラクターを持ってきて、男性的役割を担わせてしまうのが
北村さんならではだと思います。
もうひとつは、「日常を大切に描く」という点。
北村作品には残虐な殺しの場面などがいっさい登場しません。
「日常生活におけるささやかな謎を描く」というというそのスタイルは、
後進に大きな影響を与えました。
『鷺と雪』には、ベッキーさんの「人間の善き知恵を信じます」というセリフが出てくる
場面がありますが、北村さんにはきっと、人間が日々の営みの中で生み出す知恵への
強い信頼があるのではないでしょうか。
最後は「すぐれた教師としての顔」です。
教壇にお立ちになっていた頃の北村さんは存じ上げませんが、
おそらく優秀な教師だったに違いありません。
それはこれまで手掛けてこられた数々の書評をみているとわかります。
北村さんはとにかくホメ上手。
ぼくが知るかぎり人の作品を悪し様に非難するのを見たことがありません。
すぐれた教育者としての顔は、北村さんによる数々のアンソロジーにも現れています。
最近のものでは、岡本綺堂のアンソロジー『読んで!半七』(ちくま文庫)とか、
日本人作家の短編アンソロジー『名短編、ここにあり』(ちくま文庫)などがおすすめ。
この他、北村さんの小説に対する考えなどを知りたい方は、
早稲田大学での講義をまとめた『北村薫の創作表現講義』(新潮選書)をどうぞ。
なにはともあれ、ぜひこの機会に北村ワールドを体験してみてください!
投稿者 yomehon : 00:43
2009年07月13日
第141回直木賞直前予想!
家族が寝静まった深夜、真っ暗な部屋でただひとり黒衣をまとい、
透明な水晶玉を前にして、密かにその儀式ははじまるのでした。
ヨメを呪う黒魔術かって?それもたまにやるけれど、今回は違います。
今宵行われるのは、数日後の近い未来を占うための儀式。
そう、まもなく選ばれようとしている直木賞の受賞者を占う儀式なのです――。
呪文を唱えるうちに水晶玉にゆっくりと影が浮かび上がりはじめました。
やがてそれはひとりの人物へと像を結びはじめる・・・・・・はずが、あれれ?
な、なんだこれは!!
「なんと!どうしたことだ、水晶玉に映った人間はひとりじゃないぞ!」
「ふたりだ!!」
なんて小芝居もありつつ恒例の直木賞直前予想、今回の候補作はこちらです。
いずれ劣らぬ強者ぞろいです。誰が直木賞をとってもおかしくありません。
それでは各候補作をみていきましょう。
北村薫さんの『鷺と雪』。
昭和初期を舞台に士族令嬢の花村英子と
おかかえ運転手〈ベッキーさん〉こと別宮が活躍するミステリー・シリーズの完結編です。
「三越のライオン」にまつわる都市伝説や、本来は山にいるはずのブッポウソウの声が
夏の東京の夜空に響き渡った話など、史実を巧みに取り入れた物語は読ませます。
軽いタッチで読者を引っ張りながら、最後に大きな事件をもってくる構成もお見事。
「娯楽小説の達人」の妙技を存分に堪能できる作品です。
西川美和さんの『きのうの神さま』は、
地方に生きる人々の人生を描いた短編集。
この作品で世間は「西川美和」という新しい才能を知ることになるでしょう。
(詳しくは後述します)
貫井徳郎さんの『乱反射』。ごく普通の人々の些細なわがままが、
ひとりの幼児の死へとつながっていく様を描きます。
力作ですがちょっと冗長なところもあるかも。
葉室麟さんの『秋月記』は、
福岡藩の支藩である秋月藩で、藩政を牛耳る悪家老を糾弾し
排除することに成功した若き藩士が巻き込まれる陰謀を描きます。
主人公は葉室作品らしい清廉な人物で個人的にも大好きですがやや地味か。
万城目学さんの『プリンセス・トヨトミ』は、
大阪が実は独立国だったという大ボラを、もっともらしい歴史的事実とともに
見事なエンターテイメントに仕立て上げた作品。
大評判の作品ですが今回の直木賞はないでしょう。いずれ必ずとる人ですけれど。
道尾秀介さんの『鬼の跫音』は、
驚きの結末が味わえる6つの短編からなる短編集。
小説の魔術師・道尾秀介のテクニックは楽しめるものの、
そのテクニックが目につきすぎるところがちょっと気になります。
ということで、いよいよ第141回直木賞の予想にいきましょう。
今回ぼくが全力で推したいのは、西川美和さんです。
この人は凄い!たいへんな才能の持ち主です。
傑作『ゆれる』で映画監督として脚光を浴び、
最新作『ディア・ドクター』も評判を呼んでいますが、
ぼくはこのたび『きのうの神さま』を熟読して確信しました。
この人は本質的には映像の人ではなく、文章の人です。
つまり「小説も書く映画監督」ではなく「映画も撮る小説家」。
それくらいにこの人の小説は凄い。
あれだけ高く評価された映画よりも
小説のほうが圧倒的に上だと言いたくなるくらいに凄いのです。
西川さんの小説の凄いところはふたつあります。
ひとつは、強い映像喚起力を備えた文章。
西川さんの文章は、読む者の脳内に鮮烈な映像を呼び起こす力を持っています。
なんでもないところをちょっと引用してみましょう。
冒頭におさめられた短編「1983年のホタル」から――、
「窓の外は、右も左も、寝静まった田んぼが、真っ暗な海のようにずっと遠くまで
続いている。ほとんど行き違う車もない県道を、バスはごうごうとうなりを上げて走り、
道ばたの白いガードレールの支柱は怖いくらいの速さで後ろに飛ばされていくけれど、
遠くにそびえるどす黒い山の尾根のかすかな線に目をやると、いくら走ってもなかなか
山の形は変わらない。ひょっとするとこのバスは、本当は進んでいないのじゃないかと
不安になった」
思春期の入り口にさしかかった少女の不安な心を
車窓からみえる景色に投影したシーンですが、
そんじょそこらの作家が束になっても敵わないくらい、
西川さんのカメラ(眼)は性能がいい。
細かいところまで実によく眼が行き届き、しかも解像度が高い。
『きのうの神さま』を読んでいると、
まず、文章によって脳裡に鮮やかに映像が呼び起こされ、
さらにそこに文章によって描かれた登場人物の心象風景がのっかってくるのです。
サラサラと読みやすいこなれた文章を書く作家はたくさんいますが、
ここまで濃密な文章が書ける作家はベテランといえどもそうはいないでしょう。
さらにもうひとつ、西川さんの美点は、
登場人物のセリフが「生きている」ところ。
この小説にはいろいろな背景をもった人物が登場しますが、
それぞれが、その人にしか言えないセリフを口にするのです。
「ああ、この人だったらこういうことを言いそうだ」という納得のセリフもあれば、
「えっ、この人がそんなことを」という意外なセリフもありますが、
いずれにしろ言えるのは、ひとつとして違和感のある浮ついたセリフがないこと。
すべてのセリフが血の通った登場人物の存在と不可分というか。
これも出来そうで出来ないことです。
このセリフに対する感覚の良さは、彼女が映画の現場で役者を相手にしていることと、
脚本を書く際にいろんな人にしっかりと取材を行っていることが関係していると思います。
ともあれ、映像の世界でも超一流。
小説を書いても超一流という人はなかなかいません。
過去そういう人は向田邦子さんくらいしかいませんでした。
資質はまったく違うけれど、「向田邦子の再来」とか言って世の中煽りたいくらい
西川美和さんの登場は衝撃的。
もし西川さんが直木賞に選ばれなければ、
ぼくは選考委員のみなさんの眼力を疑うでしょう。
さて、もうひとりの受賞者は、北村薫さんです。
今回で6度目の候補。はっきり言って、北村さんはとっくに直木賞の選考委員に
なっていてもおかしくないくらいの大御所です。
これまで縁がなかったこと自体がなにかの間違いなわけで、
ベッキーさんシリーズがめでたく完結したのを機に受賞させるべきです。
もし北村さんが直木賞に選ばれなければ、
ぼくは選考委員のみなさんの性格を疑うでしょう。
というわけで、第141回直木賞は、
北村薫『鷺と雪』(文藝春秋)
西川美和『きのうの神さま』(ポプラ社)
ダブル受賞をここに宣言させていただきます!!
運命の選考委員会は7月15日(水)に開かれます。
投稿者 yomehon : 01:28