« 第139回直木賞直前予想! (前編) | メイン | 直木賞受賞作『切羽へ』は大人のための少女小説である! »
2008年07月13日
第139回直木賞直前予想! (後編)
前回からのつづきです。
第139回直木賞の候補作は以下の6作品。
前回のブログで、ぼくは「直木賞らしさとは何か」ということが
今回の賞の行方を予想するうえで大きな鍵になると申し上げました。
では、そのキーワードにしたがって各候補作をみていくことにしましょう。
井上荒野さんの『切羽へ』は恋愛小説です。
離島の小学校で保健の先生をしている女性が主人公。
この女性には画家の夫がいますが、本土から赴任してきた男性教諭に
次第に心を惹かれて行きます。
「切羽(きりは)」というのは、トンネルを掘り進む時のいちばん先のこと。
こういう言葉をタイトルに持ってくるからには、主人公はやがて自分を取り巻く
日常の壁を突き破って向こう側へ行ってしまうのではないかと思いきや、
意外なくらいにおとなしいクライマックスを迎えて拍子抜けしてしまいます。
前回の直木賞『私の男』が、人の道を踏み外して、それこそ切羽を突き破って
あちら側に行ってしまった男女を描いていたのからすれば、この『切羽へ』は
いかにもスケールダウン。
前回のブログでも紹介しましたが、
芥川賞・直木賞の事務方を長く務めた高橋一清さんは、
『あなたも作家になれる』(KKベストセラーズ)の中で、
同じ系統の作品の受賞が続くと縮小再生産になるので、
候補作を選ぶときは、前回の受賞作とかぶらないように
していたという意味のことをおっしゃっています。
前回の受賞作が『私の男』という恋愛小説の傑作であったことを考えると
井上さんの受賞はないでしょう。
『あぽやん』は、空港を舞台に旅行会社に
勤務する主人公の活躍と成長を描いた一冊。
「あぽやん」というのは、あらゆるトラブルを解決して
無事にお客さんを送り出す空港のエキスパートのこと。
まず空港という場所を素材に選んだのは正解でした。
空港はさまざま人間が交錯する場ですから物語が生まれやすい。
作者の新野剛志さんは、さすが旅行会社に勤務していただけあって
そのあたりは心得たものです。細かいエピソードのひとつひとつが生きています。
とはいえ、それだけなのが残念です。
この小説は、まるでテレビドラマを観ているかのように安心して楽しめる小説ですが、
直木賞にふさわしい時代を象徴するような風格には欠けます。
新野剛志さんは江戸川乱歩賞を受賞したデビュー作『八月のマルクス』で
お笑いの世界を題材に選びました。笑いの世界を活字で描くというのは
なかなか難しいのですが、新野さんは健闘していました。
(余談ですが芸人の世界を描いてもっとも成功している小説は山本幸久さんの
『笑う招き猫』です。山本さんはいずれ直木賞をとる作家です)
意欲的なジャンルに挑戦していたデビュー作に比べると、
『あぽやん』はいかにも安全で危なげない内容になっています。
また空港を舞台にした人間ドラマということでみても、
矢島正雄さん原作のコミック『ビッグウィング』はじめ優れた先行作品があります。
「受賞作はなぜ『あぽやん』でなければならないか」と考えたとき
どうしても積極的な理由が浮かびません。残念ながらこれも受賞はないでしょう。
次は三崎亜紀さんの『鼓笛隊の襲来』。
この小説がいかに特異なものかを知っていただくには、
表題作の冒頭を引用するだけで十分です。
「赤道上に、戦後最大規模の鼓笛隊が発生した。
鼓笛隊は、通常であれば偏西風の影響で東へと向きを変え、
次第に勢力を弱めながらマーチングバンドへと転じるはずであった。
だが今回は、当初の予想を超えて迷走を続け、徐々に勢力を拡大しながら、
この国へと進路を定めた。
(略)
上陸予想ポイントである崎矢岬では、鼓笛隊を迎え撃つ準備が着々と進められていた。
岬の突端に突貫工事で特設ステージが設えられた。一翼二百メートルの扇状をなす、
実に一千人規模の、巨大なオーケストラ・ステージだ」
『鼓笛隊の襲来』は、この手の話が9編おさめられた短編集。
ジャンルでいえばファンタジーにあたるでしょう。
実のところ今回の候補作でもっともクリエイティブだと感じたのが
この『鼓笛隊の襲来』でした。
ただし直木賞の性格を考えると受賞は難しいのではないか。
直木賞はなぜかファンタジーに冷たいのです。
もっと正確にいえば、ファンタジー度の低い
「ちょこっとだけファンタジー」という作品は許容するけれども
純度の高いファンタジーは受け付けないというか。
よって『鼓笛隊の襲来』の受賞はないでしょう。
でも素朴な疑問なんですけどこれって芥川賞候補でもいいのでは?
直木賞ではファンタジーとして敬遠されても、
芥川賞では「現代の寓話」とかって高く評価されそうな気もするんですが。
さて、このあたりから本命の予想に入って行きます。
本命候補その1。
荻原浩さんの『愛しの座敷わらし』は、
都会から田舎に引っ越した一家が
座敷わらしと出会うことで家族の絆を取り戻していくお話。
「なんだファンタジーじゃん」とツッコミが入りそうですね。
「ファンタジーは直木賞に不利と言ったその舌の根も乾かぬうちに
ファンタジーを本命として推すのは何事か」と。
おっしゃるとおりこの作品はファンタジーの一種といえます。
でも、ファンタジーといってもその要素は座敷わらしくらいで、
あとはいたって普通の家族小説。
まさに直木賞許容範囲の「ちょこっとだけファンタジー」レベルの作品といえます。
(歴代の受賞作から「ちょこっとだけファンタジー」という作品を探すと
たとえば景山民夫さんの『遠い海から来たCOO』なんかがそう)
あたたかい視点で家族の再生を描いた小説ではありますが、
同じテーマを描いた奥田英朗さんの『サウスバウンド』なんかに比べると
爆発的な面白さには欠ける小粒な作品。
これが受賞作にふさわしいかといえばちょっと迷うところで、
本命よりは対抗あたりにとどめておくのが無難かもしれません。
本命候補その2は
山本兼一さんの『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』です。
一読して感じたのは、文藝春秋の担当編集者は、
この作品で山本さんに直木賞をとらせたいのだなということ。
山本さんはこれまで、築城のプロフェッショナルを主人公にした『火天の城』や
鷹匠を主人公にした『戦国秘録 白鷹伝』など、「戦国技術者小説」とでも呼ぶべき
一連の作品を書いてきました。
そのマニアックな作風から、これまでは直木賞のような華やかさとは
無縁の作家だったのですが、この『千両花嫁』では、
より一般受けする方向へ軌道修正をしてきました。
物語は幕末の京都を舞台に、駆け落ちして道具屋をひらいた真之介とゆずが、
持ち前の度胸と目利きで次々にいわくつきの道具をさばいていくというストーリー。
新撰組や勝海舟、坂本龍馬ら幕末の志士や傑物を、真之介が道具さながら
目利きする様も面白く、なかなかに読ませる連作短編集に仕上がっています。
第1回の川口松太郎の受賞以来、
直木賞には人情ものをひいきにする傾向があります。
「直木賞らしさ」ということを考えれば『千両花嫁』は
受賞するにまことにふさわしい作品といえるでしょう。
でもぼくはあえて別の作品を推したいのです。
それはこのブログでもたびたび取り上げてきた『のぼうの城』です。
石田三成と成田長親との忍城をめぐる攻防を描いた『のぼうの城』は、
「でくのぼう」であるがゆえに人々を魅了し統率するという、
これまでの時代小説にはない新しいヒーロー像を創り出した作品です。
作者の和田竜さんは、デビュー作にして時代小説の歴史に
新たな1ページを記すという離れ業をやってのけました。
冒頭の歴史的事実の記述がやや重いなど
デビュー作であるがゆえの瑕疵も目につきます。
でもぼくはこの『のぼうの城』を受賞作とすべきだと考えます。
前回の直木賞は桜庭一樹さんが受賞し、
芥川賞の川上未映子さんとあわせておおいに盛り上がりました。
直木賞は社会的事件でなければならない。
ぼくはそう考えます。
言い換えれば、社会的に話題になるような作品こそが
もっとも直木賞らしい作品なのです。
あれだけ盛り上がった前回にひけをとらないためには、
デビュー作が即直木賞という『のぼうの城』しかありません。
これで芥川賞を楊逸(ヤンイー)さんが初の中国人作家として受賞すれば
たいへんな話題になるはずです。
デビュー作即直木賞といえば金城一紀さんの『GO』がそうでした。
あの時も話題になりましたが、『のぼうの城』もすでに各書店でイチ押しになるなど
下地は十分に整っています。これで直木賞受賞となれば、一挙にミリオン突破で
社会現象にまでなるでしょう。
ビギナーズラックを疑う選考委員がいたとしても、
和田さんには『忍びの国』という素晴らしい出来の2作目があるので心配なし。
また、歴史小説や時代小説は賞の興行もとの文藝春秋の十八番でもあります。
和田竜さんのような才能ある書き手ははやいとこ取り込みたいはずです。
ならば今回、『のぼうの城』ほど直木賞にふさわしい作品はありますまい。
選考委員の皆々様、
以上のような理由から拙者は
『のぼうの城』を第139回直木賞受賞作として選び申した。
貴君らも『のぼうの城』を選ばれよ。
さすれば、前回に引き続いて今回も、
直木賞は賞としての社会的影響力を、
賞としての威厳を天下に知らしめることになるであろう!
・・・・・・ただし拙者、外しても腹は斬らぬ。
投稿者 yomehon : 2008年07月13日 22:18