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2008年05月31日

廃墟を舞台に日米ホラー対決!


「一発屋」という言葉があります。
夜空にいちどだけ華々しく打ちあげられた花火のように、
派手な登場ぶりで人々の記憶に鮮やかな痕跡を残して
消えていったアーティストや作家のことです。

ある日のこと。
書店である作家の新刊を目にしてわが目を疑いました。

その作家の名は、スコット・スミス。

ミステリ史に燦然と輝く『シンプル・プラン』(扶桑社文庫)という
大傑作をひっさげて颯爽と登場した後、表舞台から姿を消していた作家です。

偶然拾った大金のために正気を失っていく男たちを描いたこの小説は、
過去のあらゆるミステリ作品の中で間違いなく10指に数えられる傑作です。

ところが、デビュー作にして世界的傑作をものしてしまったスミスは、
その後は新しい作品を世に問うことなく僕らの前から姿を消し、
いつしか一発屋としてその名を記憶される作家になっていました。

そんなスコット・スミスが13年間の沈黙を破って
新作を発表したとあっては、読まないわけにはいきません。


『ルインズ 廃墟の奥へ』近藤純夫・訳 上巻 下巻(扶桑社文庫)は、
前作から一転、意外なことにホラー小説です。

ストーリーは、メキシコのリゾート地を訪れたアメリカ人の男女のグループが、
現地で消息を絶った弟を捜すドイツ人と一緒に捜索に出かけ、
ジャングルの奥地でこの世の地獄に遭遇するというもの。

13年ぶりの新作がホラーだったことにも驚きましたが、
さらに戸惑いをおぼえたのは、これがただのホラー小説ではなく、
バリバリの「B級ホラー」だったことです。

なにしろストーリーがかぎりなくベタに進行します。


① ジャングルの奥でマヤ族の村をみつけるが村人は妙によそよそしい。
  (それも「僕たち何か隠しています」と暗に表明しているかのようなわざとらしさで)

② 案の定、一行はジャングルに巧妙に隠された小道を発見し、分け入ってみると、
  そこにはいかにも足を踏み入れるとやばそうな雰囲気の廃墟がある。

③ グループの中でいちばんドジな女の子がタブーを破ってしまう。
  
④ 原住民の態度が一変し、廃墟から出られないようにされる。

⑤ 廃墟は不気味なツル植物に覆われている。
  (このツル植物が実は・・・・・・)

ネタバレになるのでここまでにしておきましょう。
といっても、読んでいても早々にネタは割れるので
そんなに神経質になる必要もないのですが。


ちょっと話は脱線しますが、この小説を読みながら
僕が連想したのは、和製B級ホラー映画の傑作『マタンゴ』でした。

もっとも『マタンゴ』は、無人島に漂着した人々が
飢えをしのぐために食べた不気味なキノコのせいで
次々と怪物マタンゴになっていくという筋書きで、
『ルインズ』とはそもそもストーリーからして違いますが、
密生した毒々しいキノコのイメージは
廃墟を埋め尽くす気味の悪いツル植物と重なり合います。

ところで、映画と小説の違いはあれ、『マタンゴ』も『ルインズ』もB級ホラーです。
この場合の「B級」は、卑下した言葉ではなく、ひとつのジャンルを指します。

読者や観客といった受け手の期待を決して裏切ることなく、
予想通りの展開をみせてくれるのがB級作品の特徴ですが、
その中でも名作といわれる作品に共通しているのは、
読者や観客の想像力をほんの少し超えてみせるという点。

要するに、受け手の望みどおりの展開をするという基本路線は押さえたうえで、
ほんの少しだけ「やりすぎている」というのがB級の傑作の条件です。

では、 『ルインズ』はどうかといえば・・・・・・う~ん微妙。

というのも、主人公たちがずっと袋のネズミ状態で物語が変化に乏しいんですよね。
せめて廃墟の謎が明らかにされたり、ツル植物の弱点が発見されたりといった
工夫が凝らされていればいいんですがそれもなし。すぐれたB級作品特有の
「先が読みたくてたまらなくなるワクワク感」からはやや遠い出来と言わざるをえません。


訳者解説によれば、 『シンプル・プラン』発表後のスミスは、
何度も何度も次回作に挑戦して挫折したといいます。
デビュー作を超えることができないというプレッシャーからでした。

この話は、作家にとって自分の書いた作品を
乗り越えることがいかに難しいかということを物語っています。
素人考えでは、前の作品のことなんか忘れてのびのび書けばいいのに、と思いますが。


ここで日本に目を移しましょう。
ちょうど時を同じくして日本でも廃墟をテーマにしたホラーが発表されています。
そしてこの本の著者こそ、自らの作品を乗り越えることに常に挑み続ける作家なのです。


『ホーラ』篠田節子(文藝春秋)は、エーゲ海の小さな島に、
不倫旅行で訪れた男女が不可思議な出来事に巻き込まれる物語。


建築家の聡史と長年の不倫関係にあるヴァイオリン奏者の亜紀は、
聡史の海外出張にあわせて不倫旅行に出かけます。

ロンドンからアテネへ向かったふたりは、
家族のしがらみから逃れるように、なかば衝動的に
誰も知らないエーゲ海の小島へと向かいますが、
島の廃墟で亜紀は、聖母マリアを幻視し
掌から血が流れ出すという神秘体験をします。

島の人によれば、廃墟は「ホーラ」と呼ばれる不吉な場所でした。

やがて亜紀のまわりで不思議な出来事が起こり始めます――。


事故に遭い生死の境をさ迷う聡史を看病しながら
亜紀が不倫の罪悪感に苛まれる様子など
オトナの恋愛につきものの葛藤もちゃんと描かれていますし、
物語の重要な背景になっているギリシア正教の神聖な世界や
エーゲ海を舞台に繰り返されてきた交易と侵略の歴史もしっかり描かれている。

恋愛や芸術や宗教といったさまざまな要素が詰め込まれた
贅沢な大人のホラー小説に仕上がっています。いや~お見事!


こうした芸当ができるのは、作者の篠田節子さんが、
常に自分のスタイルを壊し続けてきた勇敢な作家だからでしょう。

篠田さんはその都度、作風の違う作品を発表してきました。
それはもう多彩としかいいようがありません。
『ホーラ』の土台にあるのも、そういった多種多様な先行作品群です。

たとえば音楽という側面からは、バッハをモチーフにした『カノン』を、
次々と起こる奇蹟からは、ネパール人女性を嫁に迎えた農家の男性の
魂の彷徨を描いた『ゴサインタン』を、そのものズバリ宗教という切り口では
人間にとって救いとは何かというテーマを追究した『弥勒』を、それぞれ連想します。


かたやプレッシャーから長いこと筆をとることのできなかった作家。
かたや自分を壊すことを厭わずいつも生まれ変わったような状態で新作に取り組む作家。

廃墟を舞台にした日米ホラー対決の勝者がどちらであるかは言うまでもありません。

投稿者 yomehon : 2008年05月31日 23:05