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2008年01月05日
ウルトラマンのいない世界
いまさらながらではありますが、ヨメとはまったく趣味があいません。
信じがたいことに世の中には「共通の趣味を持った友だち夫婦」みたいな人々も
いるようですけど、我が家ではとことんまで夫婦の趣味は正反対。
たとえばDVDです。
TSUTAYAとかで意見が一致したためしがない。
ヨメのお好みはいかにもお芸術な感じのミニシアター系の映画。(退屈なんだこれが)
ぼくはといえばアクションやらサスペンスやらSFやら特撮やら、
要するに血湧き肉躍ってハラハラして夢があってスカッとする映画が大好き。
つい先日も『ウルトラセブン』を夢中になって鑑賞していたら、ヨメが蔑んだ目で
「ねえそんな子どもだましなもの観てて楽しい?」などと暴言を吐くではありませんか。
楽しいから観とるんじゃ、このボケ!!
ったく、貴様のような不心得者には次のような言葉を進呈してやろう。
「ぼくは特撮ものを“子どもだまし”といって軽蔑したり、
さして発見もない、俳優の地によりかかった文芸風ドラマや
観念だけのドラマのほうを良しとする連中とは相容れない。
中身が空っぽの視覚効果もの、などと形容されるのはたえがたい。
はっきりいえば、どんな悪条件の下でも、特撮のスタッフたちほど
荒唐無稽の夢、一カットの効果に命をかけている人たちはいないのである」
『ウルトラマン誕生』実相寺昭雄(ちくま文庫)32ページ
そうだ!その通り!
声を大にして言おう。特撮ドラマは素晴らしい!
おそらく日本男子の相当数が特撮に夢中になった経験を持っているはずです。
いや、男子だけじゃありません。
たとえばウルトラマンなんてほとんどの日本人が知っています。
日本人のほとんどが知っている――これは大変なことだと思います。
ちなみにあのウルトラマンをデザインしたのは美術監督の成田亨さん。
成田さんがウルトラマンのデザインのもとにしたのは、
ジョルジョ・デ・キリコの絵画でお馴染みのつるんとした卵形ののっぺらぼうの顔と、
古代ギリシア彫刻のアルカイック・スマイルと呼ばれる口元の微笑みだそうです。
どうですウルトラマンのデザインひとつとっても深いでしょう?
これのどこが子どもだましだというのでしょう。
ともあれ、怪獣が出現し街を破壊する。そこにウルトラマンが登場して怪獣を倒す。
この一連の流れはぼくらにはお馴染みのパターンとなっています。
でも、もし怪獣が暴れているのにウルトラマンが現れなかったとしたら?
人間はいったいどうやって怪獣に対処するのでしょうか。
『MM9(エムエムナイン)』山本弘(東京創元社)は、
怪獣災害に立ち向かう人間たちの活躍を描いた
きわめて面白いSFエンターテイメント小説です。
ウルトラマンのような救世主はいない。
けれどもなぜか怪獣たちは現実に存在していて、
時々出現しては、人間社会に大きな被害を与える。
作者が設定するのはそんな世界です。
タイトルになっているMMというのは「モンスター・マグニチュード」の略で、
怪獣災害の規模を表す単位。日本では1923年に14万人の死者を出した
MM8の大怪獣災害が最悪のケースとされています。
怪獣天国と呼ばれるほど怪獣出現率の高い日本で、怪獣に立ち向かうのは、
気象庁の特異生物対策部――通称・気特対の人々。
『MM9』は日夜怪獣たちと戦う気特対の活躍を描いた連作短編集なのです。
この小説を面白くしている要素は3つあります。
ひとつめ。
まず、地震や台風災害のアナロジーで怪獣を持ってきたアイデアが素晴らしい。
常に地震や台風の脅威にさらされている我々からすれば、
この「怪獣災害」というコンセプトは読んでいてとてもイメージしやすい世界です。
ふたつめ。
気象庁特異生物対策部(通称・気特対)という組織のアイデアも秀逸です。
ウルトラマンの代わりに怪獣と戦う気特対の役割は、
天気予報のように怪獣の出現を予測し、場合によっては注意報や警報を発令すること。
このほか怪獣に名前をつけたり、怪獣出現のプロセスを研究解明することも大切な仕事です。
避難命令まで出したのに予測が外れたりすれば国民から大きな批判を浴びます。
なかなか大変な仕事なのです。
みっつめ。
なぜ怪獣が世界各地に出現するのか。この理由付けが見事です。
怪獣出現現象にいかにもっともらしく科学的な裏付けを与えるかが
腕の見せ所だと思うのですが、作者の山本弘さんが作り出したのは
「多重人間原理」という理論。この理論は、気特対の女性物理学者が
テレビのインタビューに答える形で作中詳しく説明されます。
実にもっともらしい理屈で思わず納得させられます。
この連作短編集はぜんぶで5つの短編からなりますが、
特に最終話にいたっては、日本の記紀神話や旧約聖書の黙示録や
ギリシア神話などがすべて大風呂敷の上にぶちまけられるド派手な展開となります。
神戸のポートアイランドで繰り広げられる死闘を、ぼくはど迫力の脳内特撮映像で堪能しました。
『MM9』はかつて特撮ドラマに夢中になったことのある人にこそ読んでいただきたい小説です。
ぜひこの小説を読みながら、あなた独自の脳内特撮映像を楽しんでください。
投稿者 yomehon : 2008年01月05日 16:44