« 泣ける相撲小説! | メイン | 世界的作家が明かす創作の秘密 »

2007年11月03日

ジェフリー・ディーヴァーの新作が出た!


「もしかすると・・・・・・もしかすると発売日前に並んでいるかも!」

駿河台下の三省堂本店1階の海外ミステリーのコーナーに
淡い期待を抱いて足を運んでみると、あいかわらずそこには「10月30日発売」のPOPとともに
これまでに出た傑作のいくつかが並べられているだけでした。

軽い失望。その一方でますます高まる期待感。

この数日間、こんな行動をいったい何度繰り返したことでしょう。


作家の才能をごくごく簡単に「上手にウソをつくこと」と定義するなら、
ジェフリー・ディーヴァーこそは世界でもっとも上手なウソがつける男のひとりでしょう。
新作発表のたびに世界中のミステリーファンを書店に走らせ、そのまま徹夜させてしまう男。
そんなディーヴァーの待ちに待った新作『ウォッチメイカー』池田真紀子訳(文藝春秋)
ようやく手元に届きました。


『ウォッチメイカー』はリンカーン・ライム・シリーズの7作目にあたります。

ミステリー界を代表するヒーローであるリンカーン・ライムは天才科学捜査官です。
ただしそれだけではきっとライムはここまでのヒーローにはなり得なかったでしょう。
ディーヴァーは主人公ライムに大きなハンデを与えました。
ニューヨーク市警の天才鑑識官と謳われたリンカーン・ライムは、現場鑑識中の
崩落事故で脊髄を損傷し、わずかに首と指先が動かせるだけの四肢麻痺の体と
なったのです。

寝たきりのライムの相棒はアメリア・サックスです。
この魅力的なヒロインはライムに鑑識のイロハを叩き込まれた捜査官で、
シリーズが進むうちにライムの恋人にもなります。


髪や服から落ちた微細な物質が現場を汚染しないように
白いタイベックスのボディスーツに身を包んだサックスが、ヘッドセットマイクをつけ、
ベッドに横たわるライムの指示を受けながらたったひとりで捜索を始めるシーンは
このシリーズではお馴染みです。ライムは決まってこう云います。

「何が見える、サックス?」

彼女は動けないライムの手足や目となって、わずかな証拠を集めていきます。

四肢麻痺という大きなハンデを負いながら
超一級の科学捜査の知識と鉄の意志を持つライムと、
長身に赤毛、昔モデルの仕事をしていたという魅力的な容姿に恵まれ、
正義感の強いサックスのコンビが数々の難事件に立ち向かうこのシリーズは、
そのすべてが傑作といっても過言ではない稀有なシリーズなのです。


新作『ウォッチメイカー』でライムとサックスの前に立ちはだかるのは連続殺人犯。
それも細心緻密な計画に基づいて冷静に、そして残虐に人を殺していく、
かつてないほどの強敵です。現場に遺された月齢表示のあるアンティーク時計、
そしてまったく脈絡のない被害者たち。捜査はシリーズ史上もっとも困難なものとなります。

けれども我らがリンカーン・ライムは、現場で採取されたほんのわずかな証拠を元に
犯人を追いつめていきます。(それはたとえば砂や灰や繊維の一部であったりします)
凶悪かつ冷静沈着な犯人との頭脳戦にあなたはきっと目を瞠ることでしょう。

ただしこのシリーズを読むときのお約束を忘れてはなりません。

リンカーン・ライム・シリーズのお約束。
それは作者が繰り出す「あっ!」と驚くどんでん返しです。
それまで真実に見えていたものを一瞬で反転させるディーヴァーお得意のどんでん返し。
それも一度ではなく、二度、三度、四度と次々に繰り出してくるのが凄い。
このことひとつとってもジェフリー・ディーヴァーが大変なストーリー・テラーであることが
おわかりいただけると思います。こんな作家はそうそういません。


ちょっと話は脱線しますが、
ジェフリー・ディーヴァー作品の最大の魅力であるどんでん返しは、
短編作品でもしっかりと味わうことができます。
「長編は苦手だけどディーヴァーは読んでみたい」という方には
『クリスマス・プレゼント』(文春文庫)という短編集をおすすめします。


さてこのどんでん返し、今回も物語の三分の一を残した時点で、
なんと“ウォッチメイカー”は捕まってしまいます。あなたはきっとこう思うはず。

「まだこんなにページが残っているのに。この後どうするつもりだろう?」

でも大丈夫。ここからがジェフリー・ディーヴァーの本領発揮なのです。

脇筋だった別の事件が本筋に躍り出てきて、ライムとサックスの関係に深刻な危機が訪れ、
そして“ウォッチメイカー”は信じられないようなことを語り出し・・・・・・。
(い、いかん!これ以上、喋りすぎては)
ともかくあなたは目の前の風景が次々と違って見える驚きと興奮を存分に味わうことでしょう。


シリーズのもうひとつの魅力である存在感たっぷりの脇役たちのことも忘れてはなりません。

ブルドッグのように事件に食らいついていく敏腕刑事ロン・セリットー、
ライムの毒舌に絶妙の受け答えをする介護士トムなど、
第一作からお馴染みの登場人物たちに加えて、新作『ウォッチメイカー』では、
新しくキャサリン・ダンスという魅力的なキャラクターも登場します。

カリフォルニア州の捜査官キャサリン・ダンスは、事情聴取や尋問の名人です。
彼女は全米有数の「キネシクス」のエキスパート。
キネシクスというのは、証人や容疑者の言葉遣いやボディランゲージを
仔細に観察し分析する手法で、その人物がはたしてウソをついているのか、
それとも本当のことをしゃべろうとしているのかを判断します。
彼女はいわば「人間観察のプロフェッショナル」なのです。

このキャサリン・ダンスの活躍ぶりは今作の大きな読みどころといっていいでしょう。


振り返ってみると当ブログでジェフリー・ディーヴァーの前作を取り上げたのは
去年の10月30日付の記事でした。あれからわずか1年で
再びディーヴァーの新作を読めるなんてなんと幸せなことでしょう。

忙しい毎日を送る社会人にとって、ディーヴァーの本を手に取るということは、
寝不足のまま出勤して会議で熟睡して上司に怒られるハメに陥るかもしれないということを意味します。
けれどもこの本にはそれだけのリスクを冒す(?)価値があります。
ぜひ徹夜をおそれず読んでみてください。

投稿者 yomehon : 2007年11月03日 15:00