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2007年08月11日
ハリウッドにも負けない!迫力の海洋エンターテインメント
「平成ガメラシリーズ」といえば、
監督:金子修介、特撮監督:樋口真嗣のコンビでお馴染み、
日本特撮映画史に残る傑作シリーズです。
『ガメラ 大怪獣空中決戦』
『ガメラ2 レギオン襲来』
『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』の3作からなる平成ガメラシリーズには、
特撮ファンならずとも心躍るシーンが満載で、個人的には『ガメラ2 レギオン襲来』で
仙台から東京へと迫るレギオンとガメラが群馬県は赤城付近で遭遇する場面、
上空から飛来したガメラが着地と同時にレギオンの周りを回転しながら
火弾を連発するシーンがカッコ良くイチオシです・・・・・・って、い、いかん!何をコーフンしてるんだ(恥)
ともかく平成ガメラシリーズには印象的なシーンがいろいろあるのですが、
『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』には、深海探査艇「かいこう」が日本海溝の底で
ガメラの墓場を発見するシーンが出てきます。
真っ暗な海底をライトで照らすと累々たるガメラの屍が浮かび上がる。
その映像にはぞくぞくするようなリアリティがありました。
特撮の映像を指して「リアリティ」なんて言葉は変かもしれませんが、
ここで言う「リアリティ」というのはつまり、深海にはこういうものがあってもおかしくない、という意味です。
そう、人間はまだ深い深い海の底のことを何も知らないのです。
海洋エンターテイメント小説の秀作『鯨の王』藤崎慎吾(文藝春秋)も、
小笠原諸島聟島の北約300㎞に位置する鳴海海山で
潜水調査船「しんかい6500」に乗船した鯨類学者・須藤秀弘が、
約4000メートルの海底で巨大な鯨の骨を発見する印象的なシーンから始まります。
須藤によって発見された鯨の頭骨は、40メートル近いクジラのものでした。
地球最大の生物とされるシロナガスクジラだって30メートルしかないのですから
これはとんでもなく巨大なクジラだということになります。
『鯨の王』は、このような普通だったら「ありえない」クジラを
圧倒的な筆力で、「もしかしたらこの広い海のどこかにいるかもしれない」と
思わせてくれるほどのリアリティをもって描き出した作品です。
ストーリーはいたってシンプル。
深海で発見された巨大クジラを巡って、米軍やアメリカの製薬会社、イスラム原理主義テロ組織など
さまざまな集団の思惑が入り乱れて物語が進行していきます。
『鯨の王』のリアリティを支えているのは、なによりもまず作者の科学的な視点でしょう。
たとえばこの物語の主役である巨大クジラは、
米軍の攻撃型原子力潜水艦を襲撃したりします。
クジラが原潜を攻撃するなんて普通考えられませんが、
どんなふうに攻撃するか、なぜ原潜を攻撃するにいたったか、などについて
作者はちゃんと合理的な説明を与えています。
それだけではありません。
クジラはなぜ巨大化したのか。
それほどまでに巨大なクジラがなぜこれまで発見されずにいたのか。
巨大クジラはどうして深海で生きていられるのか。
呼吸はどうしているのか。体の構造はどうなっているのか・・・・・・。
こういった疑問のすべてに作者は答えを用意しています。
このようにしっかりとした科学的背景をもっていること。
それがこの一見すると荒唐無稽な物語を地に足がついたものにしているのです。
登場人物が魅力的であることも見逃せません。
主人公の鯨類学者・須藤秀弘はその筆頭です。
小説の中で須藤秀弘は、学者としては超一流であるにもかかわらず、
アル中で家族に愛想をつかされているという設定になっていますが、
読みながらこのキャラクター設定には、エンターテインメント小説のジャンルで
前例があることを思い出しました。
たとえば中島らもの傑作『ガダラの豚』(集英社文庫)の主人公・大生部教授がそう。
大生部教授の場合は鯨ではなくアフリカの呪術研究が専門でしたが、
普段は酒浸りの生活を送っているのに、いざという時には際だった学問的ヒラメキを
みせる点では、大生部教授も須藤教授も共通しています。
ところがこの主人公の須藤秀弘には現実のモデルが存在するそうです。
東京海洋大学の加藤秀弘教授がその人。
もちろん加藤教授はアル中ではありませんが、
外見や雰囲気はまさに物語中の須藤秀弘を彷彿とさせます。
(ちなみに『鯨の王』の巻末には、この加藤教授と作者の対談も載っています)
しかしなんといっても『鯨の王』のいちばんの魅力は、
巨大クジラと原潜ポーハタンの戦いの描写の素晴らしさに尽きます。
たとえば次のような場面を読んでいるとき、
ぼくの脳内映像は、ハリウッドの大作も凌ぐほどの迫力を帯びるのです。
「親玉クジラは不敵にも、また〈ポーハタン〉の正面に立ちふさがっていた。
体長約六○メートルの怪物が、呼び戻されたROV二号機の音響カメラにとらえられている。
地上最大の動物とされていたシロナガスクジラの倍もあり、体重は三二○トンを超えているはずだ。
それが約二七○メートル離れた場所から、原子力潜水艦をにらみつけていた」(376ページ)
このくだりの後、延々13ページにわたって原潜と巨大クジラとの死闘が描かれます。
原潜は新型魚雷を駆使して。
一方のクジラは「ある武器」を使って。
誰も見たことのないクジラと潜水艦との深海での戦いを
作者は想像力を武器に描き出していくのです。
それにしてもこの小説を読んでいると本当に
「深海には何があってもおかしくない」という気にさせられます。
たとえば映画『アビス』は深海の知性体との遭遇を描いていますが、
このように深海に人類とは別の知的生物がいたとしても
少しも不思議ではありません。
いえ、深海でなくても広い海にはまだたくさんの謎が残されています。
2006年10月、古くからクジラ漁が盛んなことで知られる
和歌山県の太地町沖で、腹びれのあるイルカが捕獲されました。
太古の昔、鯨類にはかつて陸上で四足歩行していた時の名残の腹びれがありましたが、
その後退化してしまったそうです。
その腹びれが完全な形で残るイルカが生きたまま捕獲されたのです。
当然のことながら世界初の発見として話題となりました。
こんなことだってあるのですから、もしかすると本当に
深い海の底には想像を絶するほどに巨大な生物がいるかもしれません。
地球上で最後に残された人類未到の地。
『鯨の王』は、そんな深海に対するロマンを掻き立ててくれる作品です。
投稿者 yomehon : 2007年08月11日 09:00