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2007年05月14日

未来を指さす建築


人に対する好き嫌いはあっても
本に関する好き嫌いはまったくなし!
日頃からそんな本の博愛主義者を自認してはいるものの、
それでも我が家の本棚をみると、
なんとなく趣味の偏りのようなものが感じられるから不思議です。

気がつくといつのまにか増えているのが建築関係の本。
時々、自分はなぜこんなにも建築が好きなのだろうと考えます。

勉強のほうは数学がからきしダメだったので
そもそも建築学科に進もうなどと考えたことすらありませんし、
いつかこの手で理想の一戸建てを建ててやるなんて大それた野望を
抱いているわけでもありません。(貯金もないしね)

唯一、思い当たることといえば、
幼い頃、建築士だった祖父の事務所が遊び場で、
製図台に座らせてもらっては、
青焼きの設計図の裏に色鉛筆で思い思いに線を引き、
設計の真似ごとをしていたことくらいでしょうか。

まあ「好き」の理由なんてなんでもいいのかもしれません。

ぼくと同じように「とにもかくにも建築が好き!」という人には
たまらない展覧会が現在開かれています。

東京オペラシティのギャラリーで開催されている
「藤森建築と路上観察 第10回 ヴェネチア・ビエンナーレ建築展帰国展」

まだ藤森照信さんの建築に触れたことがない人には
ぜひ足を運んでいただきたい展覧会です。


藤森照信さんの建築はとても魅力的です。
その魅力をひと言で言えば、
「とても新しいにもかかわらず、どこか懐かしい」


藤森さんは東京大学で建築史を教える先生です。
専門は近代建築で、その分野では何冊もの著作があります。
同時に、かの有名な路上観察学会の中心人物でもあります。
このように、大学教授でありながら建築探偵でもあるというのが、
藤森さんに対する世間一般のイメージだったといえるでしょう。

だから、藤森さんが自ら設計した建築作品を発表したとき、人々は驚きました。

それが、これまで誰も目にしたことがないような建築物だったからです。


1991年に完成した「神長官守矢史料館」は、
古来より諏訪大社の祭祀を神長官(じんちょうかん)として司ってきた
守矢家に伝わる古文書などを展示する史料館です。

守矢家は古事記にも先祖が登場するほど歴史が古く、
現在の当主で78代目を数えるのですが、
この78代目が藤森さんと幼なじみだったことなどが
設計を手がけるきっかけとなったようです。

こうして誕生した建築家・藤森照信の記念すべきデビュー作
「神長官守矢史料館」は、建築界に衝撃を与えました。

藁を混ぜたモルタルと、焼いた杉板がコントラストをなす壁、
諏訪大社の御柱を思わせる屋根からニョキッとのびた柱。

それはまるで、縄文時代の建築物が現代に甦ったような建物だったのです。


以来、藤森さんは数々の話題作を発表し、建築界に旋風を巻き起こします。

ぼくがもっとも好きなのは、長野県茅野市にある「高過庵」という作品。
この建物は信じられないデザインをしています。
高さ6メートルの2本のクリ材のうえに
小さな小屋がちょこんとのった様子は、
きっと古代縄文のムラにあった物見小屋は
こんな感じだったのではないかと思わせます。
けれどこの不思議な建物の用途が茶室だというのですから驚きます。


藤森照信さんの建築の特長は、
奇想天外でありながらどこか懐かしさを感じさせる点にあります。

現代の建築にはみられない古代から抜け出してきたような奇抜な造形。
けれどもその造形は、奇抜でありながらも決して受けいれがたいものではありません。
古代から受け継がれてきたぼくらのDNAの記憶に
ダイレクトに訴えかけてくるかのような懐かしさを帯びています。


このようにきわめて独創的な作品を生み出す藤森さんの
建築に対する考えがもっともよくわかるのは、
『人類と建築の歴史』(ちくまプリマー新書)という本です。

この本のなかで藤森さんは、人類の建築の歴史は
アメ玉を紙で包んで両端をねじったような形をしている、と言います。

人類が最初に建てた家は、木の柱に獣皮や樹皮をかぶせた円形の家でした。
新石器時代のことです。その後、文明が誕生し、四大宗教が現れ、
世界各地で多様な建築物が生み出されますが、20世紀になると、
コンクリートとガラス窓の画一的なモダニズム建築が世界中にひろがります。

最初、人類の建築はたったひとつのスタイルしかなかったのが、
その後、多様性の歴史を経て、20世紀にふたたび画一的なものとなります。
藤森さんはこれを、1万年して人類の建築の歴史が振り出しに戻った、と言います。

藤森さんの建築家としての強みは、
建築をこのように人類の長いながい歴史的スパンのなかで
とらえているところにあるのではないかと思います。


1万年たって振り出しに戻った建築は、これからどうなっていくのでしょうか。

「藤森建築と路上観察展」では、
建築家であり歴史家でもある藤森さんが考える
未来の建築もみることができます。

会場で靴を脱ぐように指示される一角があり、
茶室の躙り口のような入り口をくぐりぬけると、
目の前に巨大な土の柱がそびえ立っています。
人工物なのか自然の造形物なのか、
その境目すら曖昧なその建築物こそが、
藤森さんが夢想する未来の建築。これだけでも一見の価値ありです。

藤森照信さんの建築は、
「住むこと」に対するぼくらの固定観念を柔らかくほぐしてくれます。
展覧会は7月1日まで。
ぜひ足を運んでみてください。

投稿者 yomehon : 2007年05月14日 10:00