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2007年04月09日
正しい怪談のかたち
本屋大賞が決定しましたね。
栄えある1位は高校陸上部を舞台にした青春小説『一瞬の風になれ』。
著者の佐藤多佳子さんは、これまで数々の秀作を発表してきたにもかかわらず、
いわゆるベストセラーとは無縁の作家だっただけに、
今回の本屋大賞効果でぜひ旧作も売れて欲しいと思います。
佐藤さん、おめでとうございます。
さて。
本について好き放題書き散らかして
なんの反省もしない当ブログではありますが、
なぜか出版関係に読者の方が多いようで
ときどきお手紙を頂戴したり新刊本を送っていただくことがあります。
みなさん、いつもありがとうございます。
『てのひら怪談』(ポプラ社)は、
オンライン書店ビーケーワンの湯原さんにお送りいただいた本。
2003年から開催されている「ビーケーワン怪談大賞」応募作品のなかから
選りすぐりの100編をまとめたものです。
面白いのは、どの作品も800字以内の「てのひらサイズ」で書かれていること。
読んでいて気がついたのですが、この800字(原稿用紙2枚)以内というルールが
意外や意外、作品に素晴らしい効果をもたらしているのです。
怪談を語る際に、やってはいけないことは何でしょうか。
それは「説明すること」です。
恐ろしいモノと出会うとか、怖い体験するとか、なんでもいいのですが
そういうものを、説明できないものとして提示するのが怪談です。
そこに「前世の報い」だとか「ご先祖様の祟り」というような説明がついた途端、
怪談は怪談でなくなり、インチキ霊媒師やうさんくさいスピリチュアリストが語るような
凡庸な物語となってしまうのです。
その点、800字以内というしばりは、各作品に良い効果をもたらしています。
この文字数だと説明に要する余裕がまったくありません。
そのために、どの作品も恐ろしい体験をそのまま提示するにとどまっていて、
結果として読むものに忘れがたい余韻を残す効果を生み出しています。
ぼくが怖かったのは「人を喰ったはなし」という作品。
高校のクラスメイトが究極のダイエット法を発見します。
彼女は栄養をサプリメントで補い、食べ物は一切口にすることなく、
どうしても食べたくなったら食べ物の名前を書いた紙を食べ空腹をしのいでいます。
ところが不思議なことに、実践しているうちに、食べ物の名前を書いた
紙を噛むだけで、味や匂いを感じられるようになったといいます。
半信半疑の主人公の前で、彼女は「餃子」と書いた紙を食べてみせ、
息を吐くとなんとニンニクの匂いがします。
ここまででもかなり不気味な話ですが、
主人公が悪ふざけをして、友人の好きな男性アイドルの名前を書いた紙を
食べさせるところから、ストーリーは一挙に怖さを増します。(あとはぜひ本で!)
余計な説明をせず、ただ出来事だけを淡々と描き、
短い文章のなかに恐怖を見事に結晶化させています。
これぞまさに、正しい怪談のかたちにのっとった作品です。
正しい怪談のかたち。
そのルーツは中国の古典文学にまでさかのぼることができます。
『聊斎志異(りょうさいしい)』という物語を知っていますか?
17世紀の末に書かれた中国の怪談集です。
著者は蒲 松齢(ほ しょうれい)。
山東省の商人の子として生まれ、科挙の試験に落ち続けるなど
表面的にはあまりぱっとしない生涯を送った男ですが、
実は書斎のなかでコツコツと後世に残る書物を書き上げたのでした。
ちなみに『聊斎志異』の「聊斎」は蒲 松齢の書斎の名前ですが、
もともと「聊(りょう)」は無駄話、「斎(さい)」は書斎、
「志」は志(しる)す、「異」は不思議な、という意味です。
かの芥川龍之介や太宰治が『聊斎志異』におさめられた話を題材に
小説を書いていることかわらもわかるように、
この怪談集には人々の関心を惹きつけてやまない魅力があります。
ぼくが大好きなのは「蟄龍」というお話。
書物から出てきた龍の話です。
ある男が部屋で書物を読んでいました。
外は雨で部屋は暗くなっていました。
そのとき、光る小さなものがミミズのように机の上に這い上がってきました。
その小さなものが通った跡は黒くなり、本の上まで来てとぐろを巻くと
本も同じように黒く焦げました。
これは龍に違いないと考えた男は、
外へ出て本を捧げ持ってしばらくそのまま立っていました。
でも何も起きません。
自分のやり方が礼儀を欠いていたと考えた男は、
こんどは冠をつけて正装し、丁寧にお辞儀をして本を捧げ持ちました。
すると龍が首を上げ、本から飛び上がり、
雷鳴を轟かせながら、さっと天に昇っていきました。
部屋に戻り跡を辿ってみると、龍は本箱から出てきていました。
一部省略しましたが、このようなお話です。
なぜ龍が本箱から現れたのかとか、そういう説明はありません。
でも、だからこそいいのです。
『聊斎志異』では神様や幽霊、妖怪たちと
人々が当たり前のように共存している世界が描かれていますが、
読めば、合理的説明や科学的説明に馴れすぎたぼくらの頭を
ずいぶんと柔らかくしてくれます。
わかりやすい現代語訳版が出ていますので、
この17世紀に書かれた「てのひら怪談」もぜひお読み下さい。
投稿者 yomehon : 2007年04月09日 10:00