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2007年01月29日

新書編集者のみなさまへのご提案

直木賞予想を大外ししたのを反省して、しばらく山にこもっていました。

それにしてもまさか「授賞作なし」とは。
わざわざ大ベテランの北村薫さんを候補にしておきながらこの仕打ち。
まこと恐るべしはヨメと直木賞選考会と申せましょう。


さて。
あれだけ熱心に候補作を読み込んだにもかかわらず肩すかしを喰らってしまい、
なんとなく小説を読むことに徒労感をおぼえたぼくは、
このところはもっぱら手軽な新書にばかり手を伸ばしていました。

いま「手軽な」と書きましたが、
もちろんこれは最近の新書一般を指しての表現です。

昔といまとでは新書の位置づけはおおきく変わっています。

ひと昔前は、新書といえば、ある学問をおさめた碩学が一般向けにわかりやすく
その学問のエッセンスを披露するようなものがほとんどでしたが、
ここ数年、各出版社から続々と新書レーベルが創刊されるに及んで、
いかに迅速に、いかにタイムリーに、いかに人目を引くタイトルのラインナップを
揃えていくかということが、勝負の分かれ目と目されるようになりました。

その結果、昔にくらべ新書はより手軽なものとなりました。

いま新書に求められているのは「教養」ではなく「解説」です。
いかにてっとりばやく旬のテーマについてわかりやすく解説してもらえるか。
読者のニーズはそんなところにあるように思えます。


読者の嗜好が時代とともに変化するのは当然のこと。
ですから、新書が昔にくらべお手軽なものになろうがぼくはいっこうにかまいません。

ただ、出版社は大変ですよね。
毎月毎月これだけ刊行点数があると、著者を確保するだけでも一苦労でしょうし、
その一方で他社に先駆けてタイムリーなテーマを打ち出していかなくてはならないわけですから。
新書担当編集者のみなさんの苦労がしのばれます。


そこで、というわけでもないのですが、
今回はぼくが以前から感じていた疑問を
新書担当編集者のみなさんに投げかけてみたいと思います。


ぼくが抱いていた疑問。それは、
どうしてもっともっと対談形式を有効活用しないのか、ということです。


激しい新書戦争のなかで生き残ろうと思えば、
時宜を得たタイムリーなテーマで本を出すこと、
執筆から出版に至るまでのスピードを短縮すること、
このふたつを同時に実現しなければなりません。

そしてこのふたつの条件を満たすのに最適なのが「対談」だと思うのです。
もっともっと対談形式による新書が増えてもいいのではないか。

ひとりの著者に執筆させるよりも、
専門家をそろえて対談をさせるほうがはやいですし、
しかも対談相手の組み合わせによっては
思いもよらなかった「化学反応」が起きるかもしれません。


その好例が『インテリジェンス 武器なき戦争』手嶋龍一 佐藤優(幻冬舎新書)です。

手嶋龍一さんはNHKワシントン支局長などを経て
現在は外交ジャーナリスト・作家として活躍されている方。
佐藤優さんは外務省きってのロシア通として鳴らしたものの
その後逮捕され、現在は起訴休職中の外交官。
ふたりとも外交の裏側を知り尽くした情報分析(インテリジェンス)のプロです。
そんなふたりが相まみえるのですから、面白くならないはずがありません。

この本の魅力はひとえに「エピソードの面白さ」にあります。

たとえばロシアのスパイにはどんな贈り物をすれば喜ばれるか。
イスラエルの「悪魔の弁護人」と呼ばれる意志決定システムとは?
北朝鮮の核実験を各国のスパイたちはどうみているか。

そんなエピソードの応酬が両者のあいだで繰り広げられます。
お互いが最高の対談相手を得て、手加減なしで情報をぶつけあっている。

昨年10月の北朝鮮核実験からほぼ1か月半というはやいタイミングでの出版。
にもかかわらず中身はぎっしりと詰まっています。
これはこれからの新書の理想型を示唆する一冊といえるのではないでしょうか。


対談形式は、迅速なタイミングでの出版に向いているだけではありません。
あまり社会状況とは関係ないけれど、ユニークな顔合わせでじっくりと語られたものも
捨てがたい魅力をもっています。

『ぼくらが惚れた時代小説』(朝日新書)がそんな一冊。

作家の山本一力氏、
文芸評論家の縄田一男氏、
芸能界随一の読み手である児玉清氏、
誰よりも時代小説を愛する3人が名作の数々について語り尽くしたこの一冊は、
中里介山から宮部みゆきまで時代小説の歴史が一望できるうえに、
日本人のヒーロー像の形成に一役買った時代劇スターなどにまで話が及び、
読み始めるととまりません。

山本さんは実作者の立場から、
縄田さんは歩く百科事典として、
児玉さんは年季の入った読者の視点から
それぞれが補いあうように語り合っています。

「談論風発」というのはこういうことを言うでしょう。
読んでいるとこちらまで議論に加わっているような気がします。
優れた対談はそんな吸引力も持っているのです。

この新書のもととなっているのは『週刊朝日』での対談です。
雑誌にはスペースの都合上、一部しか掲載されず、
それをもったいないと思った担当編集者が、新書編集部への異動を機に
一冊にまとめることを提案し、3人がふたたび結集し語り直したのだとか。


新書編集者のみなさま。
以上述べてきましたように対談形式での新書、どうでしょう?

社会状況に即応した緊急対談もよし、
誰も思いもつかなかった顔合わせを考えるのもよし、
反射神経を競うにしろ、企画力を競うにしろ、
みなさんの工夫次第でいくらでも魅力的な新書を生み出せると思うのです。

投稿者 yomehon : 10:00

2007年01月13日

第136回直木賞受賞作 直前大予想!

新年早々、大きなイベントがやってまいりました。
第136回直木賞受賞作が近く発表されます。

当ブログでは毎回当落予想をしておりまして、
前回135回は「2作同時受賞」を予想、
うちひとつ(森絵都『風に舞いあがるビニールシート』)をみごと的中させたものの、
もういっぽう(三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』)を外してしまい、
結果は50点の出来。

さて今回はどうなりますか・・・などと言いつつ、
実はもうわかっちゃったんだな、受賞作が。


それはおいおいお話するとして
まずは候補作をみてみましょう。
内容がすぐわかるように各タイトルの横にコメントを付しました。

『空飛ぶタイヤ』池井戸潤(実業之日本社) → 企業の不祥事の真相は?
『四度目の氷河期』荻原浩(新潮社)  → 母子家庭の少年の成長物語
『ひとがた流し』北村薫(朝日新聞社) → 人生のかけがえのなさを描く
『一瞬の風になれ』佐藤多佳子(講談社) → 陸上短距離青春小説
『どれくらいの愛情』白石一文(文藝春秋) → 恋愛短編集
『失われた町』三崎亜紀(集英社)  → 30年にいちど町が消える世界のお話

ぱっと見、意外なのは、北村薫さんがまだ直木賞を受賞していないこと。
エンタテイメント小説の世界で確固たる地位を確立したうえ
山本周五郎賞の選考委員もなさっている北村さんだけに
「あれ?まだ受賞していなかったっけ?」という感じです。

『ひとがた流し』は朝日新聞連載時から話題となった小説。
とてもせつない物語です。

主人公は、アナウンサーの千波、作家の牧子、広告カメラマンの妻になった美々。
3人は高校時代から仲が良く、40代になったいまも交友が続いています。
やがて千波が不治の病を宣告される。ここから物語はせつなさを加速させます。

けれどもこの小説をたんなる「お涙頂戴もの」と断じるのは早計にすぎるでしょう。
作中に盛り込まれたさまざまなエピソードによって、物語は定型に陥ることなく、
登場人物それぞれが歩んできた人生のかけがえのなさを浮かび上がらせています。

間違いなくこの小説は北村薫の代表作のひとつ。
選考委員はこのような作品に対してこそ賞を与えるべきではないでしょうか。
というか、ふつうに候補作を読めば、
この『ひとがた流し』が大本命だってことは誰にだって明らかなんではありますが。


さて、『ひとがた流し』が大本命ならば対抗馬はないのか。
あります。
それもかなり強力な対抗馬が。

『一瞬の風になれ』佐藤多佳子(講談社)がそれ。


主人公はサッカー少年の新二。
天才サッカープレイヤーの兄と比べて自分の才能に見切りをつけた新二は、
高校では陸上部に入部します。
そして陸上選手としての才能を開花させていくのですが、
その高校生活3年間を1学年ごと、3冊にわたって瑞々しく描き出したのがこの作品。
おそらく本屋大賞でも全国の書店員のみなさんから絶大なる支持を得るであろう
スポーツ青春小説の傑作です。


佐藤多佳子さんは小説好きにはよく知られた作家で、
これまでにも落語家の青年の不器用な恋を描いた『しゃべれどもしゃべれども』
スリを主人公にした『神様がくれた指』など、きわめて上質のエンタテイメント小説を
ゆっくりとしたペースで発表してきました。

けれどもいまいち一般への知名度が低かった。
それを打ち破るきっかけとなった記念すべき作品が『一瞬の風になれ』なのです。

ただ問題は、この小説が3冊にわかれていること。
直木賞の内規はよく知りませんが、
ありなんでしょうか、分冊作品の受賞というのは・・・。
間違いなくこの点は選考委員のどなたかが問題にしそうな気がします。
2作同時受賞も考えたのですが、どうもこの作品に関してはすんなりとは
いかないのではないか。


というわけで、第136回直木賞受賞作、当ブログの予想は
『ひとがた流し』のみでいきたいと思います。
それにしても、もし受賞すれば北村薫さんは56歳での直木賞受賞。
うーん、それもなんだかなぁ・・・。
直木賞って本来は有望新人、せいぜいが中堅どころに与えられる賞じゃないかと思うんですが。

投稿者 yomehon : 23:52

2007年01月09日

 2007年はこの人に注目!

ずいぶん前のことになりますが、
プロ野球のスカウトにお話をうかがう機会がありました。

その際、何千、何万という選手のなかからこれはという選手を見つけ出すコツについて
訊いてみたところ、スカウト氏は、「とにかく数をみることです」と教えてくれました。

これは読書にも通じる極意かもしれません。
本もスカウト業と同じく、読めば読むほど面白い本を見つけ出す確率が
飛躍的に高まるからです。
それだけではありません。
数読むことで「これからブレイクする作家」なんていうのもわかるようになるのです。

え?
なんだかウソっぽい?

ようがす。
ウソだと思うなら、これから紹介する作家の小説を読んでみてください。


今年ぼくがもっとも注目する作家――。
その人の名前は、山本甲士(こうし)といいます。


山本甲士さんは1963年生まれ。
スポーツクラブのインストラクターや地方公務員を経て
96年に『ノーペイン、ノーゲイン』で横溝正史賞優秀作に選ばれデビュー。
しばらくはサスペンスやミステリを中心に執筆していましたが、
このころはまだそれほど目立つ作家ではありませんでした。

ところがそんな山本さんが
『どろ』、 『かび』、 『とげ』のひらがな三部作で突如変貌を遂げます。

この三部作はよく「巻き込まれ型小説」というふうによばれますが、
ひとことでいえば、たびかさなるトラブルや次々降りかかる災難にたいして
堪忍袋の緒が切れた主人公が爆発し、一転、過激な反撃や報復にでるというのが
ストーリーの基本型です。

個人的にいちばんオススメなのは『かび』(小学館文庫)。
脳梗塞で倒れた夫を退職に追いやろうとする会社のやり口にキレた主婦が、
たったひとりで大企業に対し戦いを挑む話です。
戦いを挑むといっても、弁護士をたのみに正々堂々と法廷で争うというような
方法ではありません。ねちっこく執念深く嫌がらせを繰り返すようなやり方で
敵を追いつめていくのです。

争い事を好まず他人に気を遣ってばかりの優等生の主人公は、
たまりにたまったストレスが臨界点に達した途端にキレて別人に豹変しますが、
この作品の読みどころのひとつは、主人公をキレさせるために作者が仕掛けた
数々のプチ・ストレスです。

幼稚園の送り迎えでの親どうしのちょっとしたトラブル、
姑のちくちくした嫌みや冷めてしまった夫との関係、
脇道から強引に割り込んでくる車や礼儀を知らないウェイトレスなどなどが
これでもかというくらいにディテール細かく書き込まれています。

初めて山本甲士さんの作品を読んだとき、
日常生活で誰もが身に覚えのあることをすくいあげるのが
うまい作家だなあと感じたのをおぼえていますが、
この『かび』をはじめとするひらがな三部作では
山本さんの美点がいかんなく発揮されています。


ともかくここ最近の山本甲士さんの作品の充実ぶりをみていて感じるのは、
ブレイク前の奥田英朗さんが漂わせていた雰囲気とすごく似ているということ。
確実にこれは近いうちおおきな賞を受賞するのではないかと思うのです。


さて、そんな山本さんの最新作は『わらの人』(文藝春秋)という連作短編集。

町でふと入った理髪店で、女主人のおしゃべりにウトウトしているうちに
髪形を変えられてしまった登場人物たちが、それをきっかけに性格までも
変わってしまい、さまざまな事件を巻き起こします。

職場の不正に荷担させられている気の弱い女性、
同族会社のジュニアといっしょに研修登山させられるハメになったサラリーマン、
自宅に忍び込んだ泥棒とはち合わせしてしまったOLといった人々が、
初めて訪れた理髪店で運命を変えられていきます。

オススメは、定年退職した男性を孫娘の視点で描いた短編「花の巻」。
退職した自分をうまく受け入れられず、
ヒマを持て余すあまり毎日を無気力に過ごしていた男性が、
散歩の途中に入った理髪店で頭を坊主刈りにされてしまいます。
ところが孫娘から作務衣をプレゼントされたことで、
男性の内面が少しずつ変わり始めるというお話。

あっと驚くようなどんでん返しなどはありませんが、
全編が「負け組応援歌」とでもいうべきあたたかい視点で描かれた短編集です。


最後に山本甲士さんが別のペンネームで書いた
ちょっと毛色の変わった小説も紹介しておきましょう。

『君だけの物語』山本ひろし(小学館)は、
会社からは左遷され、妻子にも捨てられた主人公が、
ある日突然、小説家を目指すというストーリー。

作中、山本甲士さん自身が登場して主人公の「山本ひろし」にアドバイスするなど
ノンフィクションぽい体裁で書かれてはいますが、実はフィクションです。

この小説がとてもユニークなのは、
内容がそのまま「小説の書き方」の教科書にもなっていること。
しかもなかにおさめられた習作のうちのいくつかは、
実際に山本甲士さんが文学賞に応募したことがあるものだったりします。

小説の指南本であると同時に、
ひとりの男の自己再生の物語でもあるというアクロバティックな小説。

山本甲士さんはこんな作品までものしてしまうほどに腕の立つ作家なのです。

投稿者 yomehon : 10:00