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2006年11月09日
官能小説はエライのだ!
「神経衰弱しようよ」
「???」
いつものようにくつろいで本を読んでいると、
ヨメが珍しくぼくをトランプ遊びに誘うではありませんか。
・・・これはなにか魂胆があるに違いない。
不穏な空気を感じたぼくはとりあえず
「やだね」
と拒否しました。
するとヨメは
「じゃあひとりでやるからいい」
と言う。
やけにあっさりと引き下がるじゃないかと不審に思いつつも
「ヨメの気まぐれにつきあう必要がなくなったからまあいいか」とホッとしたそのとき!!
ヨメがテーブルの上に並べ始めた“カード”をみてぼくは目を疑いました。
いや、正確にいえばそれは“カード”ではありませんでした・・・。
『思い出トランプ』向田邦子(新潮文庫)が二冊・・・・
『青い雨傘』丸谷才一(文春文庫)が二冊・・・
『村上龍料理小説集』(講談社文庫)が二冊・・・
『檀流クッキング』檀一雄(中公文庫)が二冊・・・
「ちょ、ちょ、チョットマッテクダサーイ!!」
あまりに動揺したぼくは、
気がつくとガイジンのような変なイントネーションでそう叫んでいたのです。
・・・・・それからの2時間は思い出したくありません。
ヨメはどうしてこういうジャンルだけ語彙が豊富なのかと
思わず感心するほど多種多様な罵倒語を繰り出し
(この分野に限ればヨメは掛け値なしに“言葉の魔術師”です)
ぼくはといえばなすすべもなく言葉の絨毯爆撃を浴びるだけでした。
まぁヨメの怒りはわからんでもありません。
ただでさえ狭いマンションで収納に苦労しているのに
同じ本がこうもたくさんあるのは理不尽だと怒るのはある意味当然かも。
「本棚のどこかにまぎれて探すのが面倒くさい。だから買ってしまえ!」
そう思って買ってしまった本もあれば、
「おかしいな~たしかに家にあったと思ったんだけど気のせいか。じゃあ買おう!」
そう考えて買った本もある。
こうして本棚に双子が増えていったわけです。
しかしヨメもある程度まではぼくの本棚を調べられたものの
どうやら文庫本のペアを見つけ出すのが精一杯だったようです。
「本棚にあるのは一卵性双生児だけではない!二卵性もあるのだ!!」
そう高らかに宣言しつつぼくが指さす先にあるのは
現代日本文学の最高傑作『パンク侍、斬られて候』町田康(マガジンハウス)。
そしてその指先を右に20センチ動かすと、おお!
『パンク侍、斬られて候』町田康(角川文庫)があるではないか!!
本棚にあるのは文庫本のペアとは限りません。
このように単行本と文庫本のペアもあるのでした。
人間の遺伝子は99%までチンパンジーと同じだといいますが、
残念ながらこの「大きさの違うペア」を見破れるかどうかという点が
人間であるぼくとチンパンジーであるヨメを分かつ境界線のようです。
すでに単行本で持っているものを文庫で購入しなおす。
これは本好きにしか理解できない行動かもしれません。
ひとつは貴重な本が紛失したときの保険、という意味合いがあります。
同じ本を二冊持っていれば安心ですよね。
もうひとつは文庫化にあたって加筆がなされたり解説がつけ加えられたりする。
その部分を読むという目的があります。
これはもう、単行本とは違う別の本である、とみなすべきでしょう。
こんなふうに自分なりにいたって正当な理由があるものですから、
しばしば文庫化を機に再購入するのですが、
最近「よくぞ文庫化してくれた!」と小躍りしながら購入したのが
『官能小説用語表現辞典』永田守弘・編(ちくま文庫)。
『官能小説用語表現辞典』永田守弘・編(マガジンハウス)として
2001年に刊行されたものの文庫化です。
永田守弘さんは『ダカーポ』の名物連載「くらいまっくす」を
創刊時から担当されていて、
毎月数十編の官能小説を読みこなすこのジャンルの目利き。
そんな永田さんが膨大な作品群から
ありとあらゆる官能表現を抜き出しまとめたのがこの本です。
これはたいへんな労作です。
そもそも官能小説とはなんでしょうか。
ひとことでいえば、
「セックス」という単調な行為を文章表現、官能表現の工夫で
飽きさせないようにする日本独特の文芸ジャンル、です。
だから必然的に官能小説の世界では
「日本語の実験」とでも呼びたくなるような
作家達の悪戦苦闘が日夜繰り広げられることになります。
たとえばこの本をめくると、まず目に飛び込んでくる「女性器」という項目から
アトランダムに作家たちの考案した呼称を抜き出してみると・・・・
「赤い傷口」
「あたたかい秘密の沼」
「ご本尊」
「淑女の龍宮城」
「魔唇」
どうですか?
「魔唇」なんてとてもユニークな表現だと思いますね。
こんどは「男性器」から抜き出してみましょう。
「暴れ棒」
「いけない坊や」
「赤銅色の杭」
「尊厳」
「噴チン」
まさか男性器を「尊厳」と表現するとは・・・・。
ちなみにこの言葉、実際に作品ではこんなふうに使われます。
「身体を繋いでしまえば、オスとメスである。
社長も社員もへったくれもない。
そう思ううち、乃木の尊厳はますます勃然としてきて、
風呂の中で猛々しく打ちゆらいできた」(南里征典『紅薔薇の秘命』)
文庫本では新たに「絶頂表現」の項目が加わっていて、
それはそれでおおいに楽しめるのですが、
ぼくはやっぱりこの本の白眉は「オノマトペ」(擬音ですね)の項目だと思います。
ユニークきわまりない表現が並んでいて飽きません。
では今回は、そのほんの“さわり”の部分をご紹介しながらお別れといたしましょう。
ヴィヴィヴィヴィィイインンンッツ
ギュルギュルと、それからグゥーンと
クニクニ
くなりくなり
ツンツク・・・・・ツンツク・・・・・
ポッキン!
投稿者 yomehon : 2006年11月09日 10:00