« 料理の奇跡 | メイン | 5年半ぶりの再会 »

2006年09月18日

日本語に愛羅武勇!

ああ!やっとこの本のことをみなさんにご紹介できます。

この本のもととなる連載が文芸誌『新潮』ではじまったときは興奮しました。
それ以来、ふだんは文芸誌なんて読まないのに、
この連載を読むためだけに毎月『新潮』を買っていました。   
毎回毎回とびきりの刺激に満ちていた連載は、
全16回をもって今年の4月号で終了。
待ち望んだ単行本化がようやく実現したのです!


『夜露死苦現代詩』都築響一(新潮社)は、これはもう断言してしまいますが、
ここ10年ほどに出たすべての文芸評論のなかでもピカイチの本!
日本語の可能性をとことんまで追究した瞠目すべき一冊です。


著者の都築響一さんは、見た目は生粋の日本人ですが、中身は外国人。
いえ、というか、より正確に言うならば「外国人の目を持った人」です。

バブル華やかなりし頃、メディアではお洒落なインテリアで飾られた部屋ばかりが
紹介されていました。そんなイメージの洪水に抗うかのように都築さんが世に
問うたのが、傑作写真集『TOKYO STYLE』(現在はちくま文庫)でした。
安アパートで暮らす若者たちの個性的な部屋の数々を写しだした写真集は
海外でもおおきな反響を呼びました。

都築さんはいつもメディアのつくりだす画一的なイメージや硬直した社会通念に
外国人のような目で「それはおかしい!」と気がつきます。
そしてぼくたちに多種多様な世界のありかたを提示してくれるのです。


今回、都築さんが選んだのはなんと現代詩の世界でした。
“現代詩”ときいてみなさんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。

「現代詩?なにそれ?」「詩だって。ぷぷ・・」「現代詩?別に興味ないし」

うむ。どれも正しい反応です。
いまや現代詩なんてマイナーもマイナー、絶滅寸前の表現形式です。
なぜ現代詩はそうなってしまったのでしょうか。
この本の冒頭で都築さんはこう書きます。


「行き詰まった現代音楽や、行き詰まった現代美術とまったく同じように、
現代詩の業界もどんづまりまで行き詰まって久しい。
 行き詰まった業界人はいつでもどこでも、『難しくする』ことで生き残ろうとする。
『わからないのは、お前に教養がないせいだ。だからオレサマが書いた本を読め、
教えてやるから学校に入れ、美術館に来て入場料を払え』というわけだ。
そうやって、聞いてもちっとも気持ちよくない現代音楽や、見ても楽しくない現代美術のように、
読んでもわからない現代詩が、業界の中だけで細々と生き延びている」(8ページ)


大切がことがいきなり書かれています。
ぼくたちが文学とか美術といった「権威」を前にしたときに
ダマされないためにはどうすればいいか。
そう、ダメな作品ほど難解ぶってぼくたちをダマそうとすると考えればいいのです。
(同じ現代詩でも谷川俊太郎さんの詩はぼくたちにやさしく語りかけてくるではないですか)

都築さんはかさねて大切なことをいいます。


「でもね、すべての芸術はまず落ちこぼれに救いの手をさしのべる、
貴重な命綱だったはずだ。頭のいい人たちのオモチャである前に」(9ページ)


そのとおり!!
その証拠に、落ちこぼれの最たる者どもである暴走族の紡ぎ出す言葉をみよ!

「夜露死苦」という言葉をあげて都築さんは、過去数十年の現代詩業界の中で、
これを超えるフレーズをひとりでも書けた詩人がいただろうかと問いかけます。

そして都築さんは、いまリアルにぼくらの心に突き刺さってくるような日本語を生み出す人々を
探す旅に連れ出してくれるのです。

けれど都築さんがぼくたちを案内してくれるのは思いがけない場所ばかり。
たとえば痴呆老人たちの生み出す言葉たちをあなたは目にしたことがありますか?


あたしを釣ろう、ったって天の筋がピシャン!
やっぱり鮭なら砂漠にかぎるとね
大きなお魚かとおもったら、あんたは痴漢ね


すごい・・・。
「意識の流れ」なんてコンセプトを頭で考えて詩を書いたシュールレアリスムの連中が
アホにみえるほど、作為の感じられない天然の言葉。しかもポエジーも感じます。

かと思えば、10年前に起きた池袋母子餓死事件の遺書が紹介される。
これほどまでにマイナスの渦に読む者をまきこむ力を持った言葉があるでしょうか。   


なかにはこんな言葉も紹介されます。


女がいて 男がいて
燃えて 別れて 未練が残る
人生とは そのような事の繰返し
よくある話ですね
どこにでもある話です
「今日でお別れ」
菅原洋一さんです

「玉置宏の話芸 あるいは分速360字のトーキング・ポエトリー」と題された章では
玉置さんの話芸に隠された秘密を知ることもできます。


今年から貝が胃に棲み始めました  (今年から海外に住み始めました)
洗濯物と離婚できました        (洗濯物取り込んできました)
うちの子は時価千円でした       (うちの子は耳下腺炎でした)

都築さんの目配りは誤変換の文字にまでおよびます。


このように、きわめて多様な「日本語」がぼくたちの前に示されます。
その言葉の群れをみていると、自分の抱いていた日本語に対するイメージが
いかに貧しいものであったかということを思い知らされます。

不用意にこんなこと言うとアナウンス部あたりを敵にまわすかもしれませんが、
もしみなさんの前で「正しい日本語」などと口にする人間がいたら
まず眉に唾してください。
「正しい日本語」なんてありません。
「おおむねこの使用法が正しい」と決めておかないと不都合が生じるから
そうしているだけであって、正しさの基準なんて時代によって変わります。
(そもそも「正しい日本語」なんて口にする人間は、言文一致が近代の日本語に与えた
インパクトのこととかわかって言っているのでしょうか?)


日本語の持つ自在さ。日本語の持つ可能性。
もしかしたら都築さんがここで紹介した言葉のなかには
次の時代のスタンダードが含まれているかもしれません。
日本語に関心のあるすべての人は必読の一冊です!!!


【プロの編集者の方々へ】
都築響一さんの雑誌連載「サルマネ クリエイター天国」の単行本化を切に希望!
世間で評判のもの、売れているもののデザインなどにいかにパクリが多いかを
暴いたこの連載には、各方面からの圧力もすごかったと聞きます。
そんなプレッシャーをものともせず単行本化していただいた暁には
ぼくが責任もって10部買い取ります。だからお願い!

投稿者 yomehon : 2006年09月18日 09:00