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2006年07月12日
第135回直木賞直前大予想!~後編
(前回からの続きです)
さて、いよいよ直木賞の本命候補を検討していきましょう。
まずはじめは、いまや直木賞候補の常連となった伊坂幸太郎さんの『砂漠』。
仙台の国立大学を舞台にした青春小説です。
おもな登場人物は3人の男子大学生と2人の女子大生。
いくつかの事件が物語の縦糸になっていて、
ある事件のせいで登場人物のひとりが深刻な事態に陥ったりもするのですが、
全体のテイストはいつもの伊坂作品と同じ、「軽妙洒脱」です。
では、いつもの伊坂作品にはみられない要素はないのかと
問われれば、あります、それは「麻雀」と「ロック」。
麻雀の記述は麻雀を知らない人には退屈かもしれません。
一方、ロックを取り入れたことは作品の成功に結びついていると思います。
この小説を読む人はみな「西嶋」という登場人物が強く印象に残るはずです。
飲み会の席でマイクを独占し延々と世界平和について語る男。
本気になれば砂漠に雪を降らせることだって可能だと豪語する男。
その度を超えた熱さが周囲を辟易させるのですが、本人はおかまいなし。
ともかく強烈な存在感をもつ男なのです。
ロックがここにどう関わってくるかというと、
西嶋の発想や行動の根っこにあるのがパンク・ロックなのです。
また、この西嶋には明確なモデルがいることも
ロック好きの読者にはわかる仕掛けとなっている。
西嶋のモデルはおそらく
ロックバンド・サンボマスターのボーカル、山口隆くんでしょう。
というか、喋り方といい暑苦しいキャラといい、西嶋は山口くんそのものです。
ロック好きな伊坂さんはたぶんサンボマスターのファンなのでしょうね。
(ちなみに、山口くんのキャラを知りたい方は、雑誌『クイック・ジャパン』の
65号を入手してください。あの偉大な大瀧詠一センセイとの対談で、
大瀧さんに対してとんでもない口の利き方をしていて笑わせてくれます。)
『砂漠』はとてもスマートな青春小説ですし、
誰が読んでもそれなりに楽しめるはずです。
でも正直いって、前回の候補作『死神の精度』のほうが完成度は上です。
そこをどう判断するかですが、
伊坂さんはもういつ直木賞を獲ってもおかしくありません。
実力も知名度も申し分なし。
はっきりいって機は熟し切っています。
全部で6編がおさめられた短編集なのですが、そのすべてが
「運命の歯車がカチリと音をたてて回り出す、その瞬間をとらえようとした」小説です。
たとえば表題作の「風に舞いあがるビニールシート」。
国連難民高等弁務官事務所で働く日本人女性が主人公です。
彼女は同僚のアメリカ人男性と7年間の結婚生活を送りましたが、
専門職員として紛争地域を駆けめぐる夫と一緒に過ごせた時間は
わずかでした。
すれ違いから離婚を選ぶふたり。
けれど元夫はその後、アフガニスタンで命を落としてしまいます。
抜け殻のようになった彼女。
その彼女が徐々に立ち直っていくまでの心理的プロセスを
作者はとても丁寧に追いかけていきます。
「風に舞いあがるビニールシート」というのは、
戦争にほんろうされる難民たちの生活を喩えた比喩ですが、
読んでいるうちに、難民だけではなくわたしたち誰もが、
いつ何時、突風に吹き飛ばされてもおかしくない
弱い存在だということに気づかされるはずです。
けれども、深い悲しみに沈む人間も
いつしか心のスイッチがパチンと切り替わるときがくる。
森絵都さんはその瞬間をなんとかつかまえようとしています。
「人は前に進むことができる」
そんなメッセージが込められた、大人のための上質な短編集といえるでしょう。
さて最後は、今回の候補作のうちもっとも抜きんでた作品
『安徳天皇漂海記』です。
宇月原晴明さんはまだそれほど知名度はありませんが、
批評家と作家というふたつの顔を持つたいへんな実力派です。
大学在学中に『早稲田文学』の編集にたずさわり(このときの同僚が重松清さん)、
永原孝道名義で発表した青山二郎をめぐる論考で三田文学新人賞を受賞。
一方、宇月原晴明名義では『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』で
日本ファンタジーノベル大賞を受賞。
「信長は実はアンドロギュヌス(両性具有)だった」というアイデアに
みられるように、宇月さんの小説はいつも発想が独特です。
『安徳天皇漂海記』も例外ではありません。
物語は二部にわかれており、
一部の主人公は源実朝、二部の主人公はマルコ・ポーロです。
そして時空を超えて両者をつなぐのが安徳天皇なのですが、
この安徳天皇、子供の姿のまま、琥珀の玉のなかに閉じこめられています。
・・・こんなふうに説明してもなんのことやらわからないかもしれませんね。
要は奔放な想像力で描かれたホラ話なのですが、
この小説のスゴイところは、いくつもの先行作品が折りたたまれるようにして
小説のなかに取り込まれているところです。
たとえばこの小説の書き出しをみてみましょう。
まず、「建歴元年、十月大。十三日」うんぬんと
『吾妻鏡』(鎌倉幕府の歴史書)からの引用が記された後、
ひとりの語り手がでてきて、こんなふうに物語を語り始めます。
「あなた方は、小林の大臣さまや太宰の僧正さまの遺されたものには、
すでにお目をとおされたとおっしゃるのですね。
それでは鎌倉右大臣さまについて、私よりほか誰も知らぬところ、
嘘偽りなくお話し申し上げましょう」
冒頭から作者は遊んでいます。
ここで「小林」といっているのは小林秀雄のこと。
「太宰」は太宰治のことです。
小林秀雄には『実朝』、太宰治には『右大臣実朝』という作品があります。
要するに「このふたりの著作を下敷きにしていますよ」というサインを
作者は語り手の語りのなかに埋め込んでいるのです。
さらにいうなら、読み進むうちに、どうやらこの物語のアイデアじたいが
渋澤龍彦の遺作『高丘親王航海記』(文春文庫)に基づいているらしいと
いうこともわかってくる。
ともかく、作者の博覧強記ぶりといったらたいへんなもので、
物語の奇抜さとあいまって、
候補作のなかでももっとも個性的な光を放つ作品となっています。
これは本好きにはこたえられない小説ですね。
特にどんな作品が下敷きになっているか読み解く楽しさは格別です。
だからついついこの『安徳天皇漂海記』を直木賞に推したくなるのですが、
う~ん、でもどうなんだろう??
直木賞受賞作は、ふだん本を読む習慣のない人も手に取ります。
そう考えると、この小説はあまりに歯応えがありすぎるような気がするのです。
直木賞にふさわしいのは読みやすさと面白さを兼ね備えた作品。
となると、 『安徳天皇漂海記』は(ぼくはいちばん好きだけど)外さざるを得ない。
では、第135回直木賞受賞作はどれか。
そろそろ結論を出さなくてはなりません。
う~ん、う~ん(しばし黙考)
よし決めた!!
第135回直木賞は
以上2作品のダブル受賞であると、わたくしは予想します!!
※直木賞選考委員会は7月13日(木)午後5時からです。
投稿者 yomehon : 2006年07月12日 10:00