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2006年07月10日

第135回直木賞直前大予想!~前編

みなさんこんにちは。
自称「世の中でいちばん当たる」直木賞評論家のしゅとうです。

前回も見事受賞作を的中させ( 『容疑者Xの献身』 )、
眼力の確かさを満天下に知らしめたはずなのですが、
なぜか不思議なことに誰もホメてくれませんでした・・・。

でもいいのです。
直木賞の受賞作予想はライフワークですから。
今回も(誰からも頼まれていないにもかかわらず)受賞作をずばり予想しましょう!


例によって候補作は文藝春秋社のホームページでみることができます。

第135回直木賞候補作は、

伊坂幸太郎 『砂漠』(実業之日本社)
宇月原晴明 『安徳天皇漂海記』(中央公論新社)
古処誠二  『遮断』(新潮社)
貫井徳郎  『愚行録』(東京創元社)
三浦しをん 『まほろ駅前多田便利軒』(文藝春秋)
森絵都   『風に舞い上がるビニールシート』(文藝春秋)


以上の6作品。


う~む、今回はことのほか予想が難しいようです。
なぜ難しいのか。


今回の候補作のうち、ひとつだけ抜きんでた作品があります。
それはもう歴然と抜きんでている。(どの作品かは後述)
では今回の直木賞はそれで決まりかといえば、
そうとはいえないところが予想の難しさなのです。

だんごレースならまだしも、
抜きんでている作品があるにもかかわらず予想が難しいとはどういうことか。


賞にはそれぞれ固有の性格とでもいうべきものがあり、
しばしばそれが賞の行方をも左右します。

直木賞も例外ではなく、受賞作を的中させるには、
直木賞独特の性格を見極めなければなりません。
さしあたっては、以下のような心得に基づいて予想を組み立てる必要があります。


【直木賞の心得その①】 「直木賞は一大イベントである!!」

そもそも直木賞(と芥川賞)は、本の売り上げが落ちる時期に、
いかに本を売るかと考えた末に菊池寛が思いついたイベントでした。
はじめから社会的におおきな話題となることを狙って創設された賞なのです。
「賞を与えることでどれだけ話題になるか」ということは、
受賞作を予想するうえでも見逃せないポイントとなります。


【直木賞の心得その②】 「シロウトさんにも気を遣え!」

ひとたび直木賞受賞作ともなれば、その注目度は倍増、いえ10倍増です。
受賞作が発表された翌日に書店に行ってみてください。
特設コーナーがつくられ、ふだんは書店に足を運ばないシロウトさんたちが
受賞作めざしてやってきます。
シロウトさんたちは、本を探しもしないでまっすぐにレジにやってくるので
それとわかるのですが、前回、東野圭吾(ひがしの・けいご)さんの
『容疑者Xの献身』
が受賞した翌日に、
ぼくが書店で目撃したシーンをお話すると、レジで

「トウノ・ケイゴさんの『容疑者Xの献身』はありますか?」

と聞くのはまだいいほうで、なかには

「すいません、『容疑者Xのヘンシン』はありますか」

と尋ねている人もいました。
このように、ふだんは本を読まない人も「手にとってみたい!」「読みたい!」と
思わせるのが直木賞のスゴイところ。
であればこそ、受賞作はせっかく本を手に取ってくれた新規のお客さんを
がっかりさせるようなものであってはなりません。
「万人受けする」という条件も直木賞の受賞作には欠かせない要素なのです。


【直木賞の心得その③】 「選考委員の読解力に気をつけろ!」

予想をいちばん難しくしているのがコレ。
選考委員のセンセイがたの存在です。
本屋さんが選ぶ「本屋大賞」はぼくの予想といつもぴったりんこなのですが、
直木賞は選考委員の信じられないイチャモンなどで
予想もできない結論に落ち着いたりすることがしばしば。
(今回も○○の読解力には要注意だ・・・)

さぁそれでは!
以上のような条件を踏まえたうえで各候補作を検討していきたいと思います。


まずは貫井徳郎さんの『愚行録』です。
誰でも知っているあの一家殺人事件をモチーフにしたこの作品。
いろいろな人の証言のなかから、事件の意外な姿と人間の愚かしさが
浮かび上がってくるという凝った仕掛けです。

テクニックを駆使して描かれた作品ですが、直木賞はちょっとムリかもしれません。
というのはこの作品、読後感がものすごく悪いのです。
読後感をひとことでいえば「いや~な感じ」。

もちろん貫井さんはわざとそういう作品を書いているので、
その意味では作家のテクニックにまんまとはめられてしまったわけですが、
さきほどの【直木賞の心得その②】に照らすと、
この作品が直木賞受賞するとは思えません。

めったに本を読まない人たちが、
たまたま直木賞受賞作だというのでこの本を手に取ったらどうなるか。
たぶんリピーターにはなってくれないでしょう。


次は古処誠二さんの『遮断』です。
物語の舞台は昭和20年の沖縄。逃亡兵が幼なじみの女性と出会い、
置き去りにされた彼女の子供を探すために島を北上します。
戦争文学がいつもそうであるように「極限状態に置かれた人間」を描いています。

古処さんはこのところ憑かれたように沖縄戦を書いています。
たいへんに実力のある若手作家ですが、
このような作品をみると、ついついぼくは、
戦争文学の系譜のなかにこの作品を置きたくなってしまうのです。

「これまでに書かれた多くの戦争文学と比べて、
『遮断』は新しい光を放っているだろうか?」

読み応えはじゅうぶんにあるし、筆力もあります。
でも、この作品は戦争文学としてオーソドックスすぎるのではないか。
オーソドックスすぎて、以前どこかで読んだような気すらしてしまう。
はたして受賞作として大きな話題となりうるでしょうか。
大切なテーマを扱っていることはわかりますが、
これも【直木賞の心得その①】に照らして受賞は厳しいのではないかと思います。


次は、三浦しをんさんの『まほろ駅前多田便利軒』です。
「まほろ市」という東京近郊の街で便利屋を営む多田という男が、
同級生の行天とともにいろいろな「困り事」を解決していきます。

まほろ市のモデルは町田市のようです。
それを踏まえてこの小説をひとことで表現すれば、
「町田市を舞台にした“傷だらけの天使”」ですね。

「ペットの世話」であるとか「恋人のふり」であるとか
持ち込まれる依頼はささいなものばかり。
でもそのささいな依頼から、ある人間ドラマが浮かび上がってくる。
そんな仕掛けになっています。

すぐにでもテレビドラマ化できそうな作品。
ふだんは本を読まないシロウトさんも安心して読めるでしょう。

ただなにかが足りないのです。
受賞作に必要なインパクトというか、アクが足りない。
それはなんだろうと考えてみたのですが、
この作品に欠けているのは「ハードボイルド」のテイストではないでしょうか。

作者も多少はそういう部分を出そうとしていますが、不徹底に終わっています。
主人公をもっともっとハードボイルドに描けば、カッコよさと情けなさ、
やせ我慢と強がり、コミカルな部分と泣ける部分のコントラストがでて、
印象に残る作品になったのではないかと思うのですがどうでしょう。

関川夏央さんが原作を、谷口ジローさんが画を担当した
名作マンガ『事件屋稼業』シリーズなどをぜひ参考にしていただきたい。
続編も書けそうですから次回に期待したいと思います。

                                 (次回に続く)

投稿者 yomehon : 2006年07月10日 10:00