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2006年05月17日

フジタに会いに行く!

東京国立近代美術館で開催中の『藤田嗣治展』を観てきました。
展覧会はもうすぐ終わりますが(5月21日まで。その後は京都、広島を巡回)
ギリギリまであえて足を運ばなかったのは、
当分混んでいるだろうと予想したから。

さすがにもう人出も一段落しただろうと考え、
しかも念には念を入れて平日を選んで行ったにもかかわらず、
おいおい、ハンパじゃなく混んでいるじゃないか!!

知らなかったんですが、
平日の美術館というのは
巣鴨の地蔵通り商店街みたいになっているんですね。
お年寄りが押し合いへし合いで
週末の客層とはまったく違うことに驚かされました。

それにしてもご年配のみなさんはお目が高い!
今回の『藤田嗣治展』は、伝説の画家フジタの全貌が
我が国で初めて明らかにされる記念すべき展覧会なのです!
こんなに充実した展覧会はめったにないといっていいでしょう。


1920年代のパリ。
ふたつの大戦のあいだに訪れた
つかの間の平和に人々が酔いしれたこの時期、
パリのモンパルナスには、ピカソ、モディリアニ、マチス、ヘミングウェイ、
ガーシュインなど世界中からたいへんな才能を持った芸術家たちが集まり
祝祭のような毎日を送っていました。
この華やかなパリで人々に喝采をもって迎えられた日本人画家が藤田嗣治でした。
江戸期の浮世絵画家は別格として、明治以降の日本人画家で
藤田嗣治ほどの評価を海外で得ることのできた画家はひとりもいません。

しかしその一方で、藤田嗣治は母国・日本では不当に低い評価を受けてきました。
晩年、藤田は日本国籍を捨て、
その名をレオナール・フジタとあらため、フランス人として生涯を終えます。

そんな藤田の波乱に満ちた生涯を丹念に取材し、
公平な視点でその人物像を描き出した画期的評伝が
『藤田嗣治 「異邦人」の生涯』近藤史人(講談社文庫)です。

藤田嗣治が長年にわたって厚いベールに包まれてきたのはなぜか。
そこには、著作権継承者である未亡人の意向が強く働いていました。
「日本人に理解してもらえないならいっそ忘れられたほうがいい」
未亡人が作品の公開に慎重な態度をとり続けたことから、
長いあいだ画集や伝記もほとんど出版されず、
本格的な回顧展も開かれることがなかったのです。

NHKスペシャルのディレクターだった近藤さんは、
藤田嗣治の実像を取材したいと考え、
10年近くも未亡人にアプローチを続けた後、
1999年にNHKスペシャル「空白の自伝・藤田嗣治」を制作し放送。
しかし45分の放送時間では到底すべてを伝えきれず
評伝のかたちにまとめることになります。
この『藤田嗣治 「異邦人」の生涯』は出版後たちまち話題となり
第34回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しました。


藤田嗣治は「乳白色の肌」で人々の賞賛を浴びました。
藤田の描く裸婦は「グラン・フォン・ブラン(すばらしい白の地)」と呼ばれる
乳白色の肌と、面相筆で描かれた流麗な輪郭を持ち、
その誰にも真似の出来ない画風はパリ画壇を席巻するのです。

驚くのは、この「乳白色の肌」の技法を藤田が生涯秘密にし、
現代の専門家の調査でも解明しきれないということです。

実際に展覧会会場で絵をみるとわかりますが、
裸婦の肌は陶器のような光沢を放っているにもかかわらず、
どうみても絵の具が厚塗りではないのです。
この感じは画集ではわからなかった。
藤田は絵の具だけではなくキャンバス自体にも
何らかの工夫を凝らしていたようですが、
この「乳白色の肌」をみるだけでも展覧会に足を運ぶ価値があります。

しかし、今回の展覧会でもっとも話題となっているのは、
実は「乳白色の肌」ではありません。
戦後、藤田嗣治という画家の評価を著しく貶めた「戦争画」です。

戦意高揚のために描かれた戦争画は、
日本の国立美術館に所蔵されているわけではなく、
所有権はアメリカにあることを知っている日本人はどれくらいいるでしょうか。
戦争画はその持ち主であるアメリカが日本に「無期限貸与」するという
かたちをとっているのです。

この戦争画はほんとうに凄い!
これまで画集でしか見たことがなかった
有名な「アッツ島玉砕」などの前に初めて立って感じたのは、
たとえ戦争画であろうと超一級のアートに仕立て上げようとした
画家の業のようなものです。
展覧会会場でも人々は息をのむように藤田の戦争画をみつめていました。

戦後はこの戦争協力を指弾され、藤田は日本を去ります。
このあたりの経緯はぜひ本を読んでみてください。
人々は暗い時代の記憶を忘れるために、
藤田嗣治ひとりに責任を負わせるのです。
藤田の沈黙をいいことに悪い評判を流したりするのが
パリで挫折した才能のない画家だったりするのがなんとも哀しい。
藤田嗣治を天高く飛翔した一羽の鳥だとするなら、
彼を糾弾した人々は井戸のなかにいる蛙といったところでしょうか。


藤田嗣治に続け、とばかりにこれまで数多くの日本人画家が
パリで研鑽を積みましたが、もし興味があったらそんな画家たちの作品もぜひ。
ここでは『佐伯祐三』(新潮日本美術文庫)
『今井俊満の真実』(芸術出版社)をあげておきます。

個人的には、同時代にパリにいたにもかかわらず、
藤田がいっさい佐伯祐三に言及していないことが不思議でなりません。
もしかしたら才能ある若手としてライバル視していたのでしょうか。

六本木キャンティの常連でもあった今井画伯は、
ガンに冒された晩年も、渋谷のコギャルを題材に作品をつくるなど
信じられないパワーで創作活動を続けていらっしゃいました。
僕が唯一身近に目撃したことのある偉大な画家です。
この人の作品ももっと評価されてもいいと思います。

しかし!なにはともあれ急がなくてはならないのはフジタです。
これほどの規模の回顧展はしばらくないでしょうから(というか二度とないかも)
まだみていない人はぜひとも足を運んでみてください。
乳白色の美しい肌を持つ裸婦像や凄惨な戦争画だけではなく、
藤田がもっとも愛した猫たちのかわいらしい絵も多数展示されていますよ。

「藤田嗣治展」は5月21日(日)まで、
竹橋にある東京国立近代美術館で開かれています。


投稿者 yomehon : 2006年05月17日 23:00