« ニャ夢ウェイに夢中!! | メイン | ミニチュアという距離感 »
2006年05月09日
博士が愛したイルカ
ゴールデンウィークの真っ只中、
ヨメが突然、水族館に行きたいと言いだしました。
どこも大混雑のゴールデンウィークのさなかに
なんで水族館なんかに行きたがるのか。
まったく理解に苦しみます。
そもそもデブにとって混雑スポットは
絶対に足を向けてはいけない場所なのです。
どんなに身を縮めていても、
周囲は「こんなに窮屈なのはお前のせいだ」とばかりに
敵意のこもった視線を投げつけてくる。
こういう場所で必ずといっていいほど差別されるデブの哀しみを
いったいどれほどの人が理解しているのでしょうか。
ただでさえゴールデンウィークの混雑で客はイライラしているはず。
そんなところへ巨体を揺らしてのこのこ出かけていくというのは
わざわざ殺されに行くようなもの。まさに自殺行為です。
聞けばヨメは、よしもとばななの『イルカ』(文藝春秋)を読んで
水族館に行きたくなったのだとか。
本来であれば「誰が行くかっての!!」と一喝するところですが、
ヨメに内緒で買った『ムーミンコミックス』全14巻(筑摩書房)が
もうすぐ自宅に届くことを思い出し、あわてて水族館行きに同意しました。
要するにヨメの機嫌をとるために媚びたわけです。
まったく情けない話です。
そんなわけで、
心ならずも某水族館へ足を運んだのですが、
案の定ペンギンプールやマンボウの水槽など行く先々で、
ガキが「ママー!見えないよー!!」
などと僕の後ろから声をあげる。
それを聞いた母親がまた「ほんとだね~見えないねー、困ったね~」
などとこれみよがしに言うわけです。
でも、こちらに対する意思表示があるのはまだいいほうで、
見知らぬ誰かに足を踏みつけられたり腹を肘で突かれたりするのは
かなりヘコみます。
そういう屈辱的場面になんども遭遇して哀しい思いはしたものの、
イルカプールだけはけっこう楽しめました。
水族館では2種類のイルカが飼育されていました。
ひとつはカマイルカ。
白と黒のツートーンカラーで鎌のような背びれを持つのが特徴です。
もうひとつがバンドウイルカ。
グレーがかった体で好奇心旺盛。
世界の水族館でもっとも多く飼育されているイルカです。
ショーじたいは約15分と短くて拍子抜けでしたが、
面白かったのはショーが終わった後でした。
この水族館ではイルカの訓練風景も観ることができるのです。
飛び上がって宙返りしたり人を乗せて泳いだり、
それぞれのイルカに課題があるようでみな熱心に練習していました。
イルカとインストラクターがコミュニケートしながら
練習している光景を観ていて思い出したのが、
『ジョン・C・リリィ 生涯を語る』フランシス・ジェフリー&ジョン・C・リリィ【著】
中田周作【訳】(ちくま学芸文庫)という本です。
ジョン・C・リリィは70年代を中心に活躍した
アメリカのカリスマ脳神経学者です。
脳の中の「報酬系」というシステムの研究などで
ノーベル賞は確実と言われていましたが、
LSDなどの幻覚剤を使用して人間の「意識」や「こころ」の仕組みを
解明しようとする方向へ進んだことから、
学会などでキワモノ的扱いをされるようになりました。
たしかにその行動はマッド・サイエンティストのようでもあります。
なにしろリリィ博士は「私のからだが私の実験室だ!」と宣言し、
なんでもかんでも自分の体で試したのですから。
その結果、幻覚剤でラリったまま自転車にまたがって事故に遭ったり
浴槽で溺れたりします。
けれどもそのような行動は、博士の倫理的姿勢の現れでもありました。
リリィ博士は、自分がやられて嫌だったり恐ろしかったりすることを
平気で患者に行う医学研究者に疑問を持っていたのです。
まず自分のからだで試してみるというのが博士に一貫した態度でした。
脳の神経系の研究からアイデアを発展させ、
外界からの刺激を完全に遮断した環境に長時間隔離されると
人間の意識はどうなるかということに関心を抱いた博士は、
有名な「アイソレーションタンク」を開発します。
遮断されたタンクの中で長時間過ごした結果、
博士は瞑想状態を体験します。
そしてその過程で、脳が外界からの刺激がなくても
リアルな現実を作り出すことを発見するのです。
人間の意識の研究にのめりこんだ博士は、
人間とは別の大型の脳を研究してみたいと考えるようになり、
やがてイルカにたどりつきます。
そしてイルカを研究するうちに博士は、
その高度な知性に深く心を動かされるのです。
ジョン・C・リリィ博士の画期的な業績のひとつは、
「イルカの知性」という未開拓の分野の研究を初めて行ったことです。
イルカは弱っている仲間をみんなで助け、
種全体に共通するSOS信号を持ち、
快楽や愛情のためにセックスをします。
神経学的にみるとイルカの脳は人間に匹敵するものだそうですが、
なかでも驚いたのは、
イルカの脳には人間の脳よりも大きい部分があるという話です。
この部分は、サルよりも人間の脳のほうが大きい部分と同じで、
その部分とは驚くなかれ、「抽象化」や「洞察力」などの高度な働きを
担っている場所なのです。
このことは、イルカの脳が人間よりも高次の機能を持っている可能性を
示唆しています。
このように、この本には人間とイルカの可能性をめぐるワクワクする話が
たくさん出てきます。
しかしその一方で、リリィ博士の研究にはつねに軍が目をつけていました。
海軍がベトナム戦争でイルカを「海の兵士」として利用していたことが
のちに暴露されますが、博士の研究人生は、この種の圧力との
戦いの歴史でもあったのです。
とはいえ、LSDをキメて隔離タンクの中で瞑想し、
「自分の心に深く入り込むことで、
ヒトは、全宇宙とつながりうるのだ」と言ったりする博士自身が
かなりやばい存在です。
ジョン・C・リリィは生涯を通じて毀誉褒貶の激しい人物でした。
そんな型破りの科学者が振り返った人生が面白くないはずがありません。
グレゴリー・ベイトソンやR・D・レイン、オルダス・ハクスリ、
リチャード・P・ファインマンなど超一流の知性との交友も
本書の読みどころのひとつです。
投稿者 yomehon : 2006年05月09日 11:42