3月28日放送分後記

みなさま、こんにちは。
ゲストに安倍元首相の奥様【安倍昭恵】さんをお迎えした
1回目の放送はいかがだったでしょうか?

ファーストレディとして日本中から注目を集めていた時、
昭恵さんは活発な女性という印象をもたれていた方が
多いのではないでしょうか?

例えば、安倍元首相と仲良く手をつないで
飛行機のタラップを昇り降りした
それまでの日本の総理大臣夫婦にはないオープンな行動!

昭恵さんによると、手をつなぐパフォーマンスは
昭恵さんご自身の提案なんだとか。
なんでも、アメリカへ出張した時、当時のクリントン大統領
夫妻が手をつないでいたことが強く印象に残っていたからだ
そうですよ。

実はそれまでも、安倍夫妻は、
私生活でも自然と手をつないでいたそうで、
たんにそれを公の場でも続けただけとも言えます。

1あべ妻.jpg


昭恵さんとはお酒の席でも、何回かご一緒しましたが、
詳しくは書けないほど(笑)あけすけでオープンな方なんですが
なんと少女時代は「おとなしく、引っ込み思案」だったそうです。

大企業の社長さんだったお父様は「いいお嫁さんになるように」
という教育方針だったそうですが、
だからと言ってお稽古事をみっちりやらせる、と
いったようなスパルタ教育ではありませんでした。

「いいお嫁さんになるように」と言われながらも
オープンで、懐の深い家庭環境で育ったために、
おとなしいというよりも「おおらかな」女性に
なったのではないでしょうか?

実際、「政治家の妻」となり、何も知らない政治という世界に
飛び込んだ時、昭恵さんは
「どうせやらなければならないのなら、
嫌だと思ったらつまらない。楽しもう!」
と思ったそうです。
この開き直りとポジティブな発想はまさにおおらかそのもの!
キモが座っています!

 ※安倍晋三さんは結婚する時、昭恵さんに
「政治家の妻は楽だよ」
とちょっとした“ウソ”を言ったことを付け加えておきます(笑)

後付けの教育ではけっして習得できない、本当の意味での
育ちの良さを昭恵さんから感じました。

さて、次回も安倍昭恵さんをお迎えします。
どうぞお聴き逃しなく!

2010.03.29

3月21日放送分後記

みなさま、こんにちは。
ゲストに元宝塚のトップスター、
【真琴つばさ】さんをお迎えした
2回目の放送はいかがだったでしょうか?

前回は、宝塚音楽学校入学から、
宝塚歌劇団入団のあたりまでうかがいました。

ラインダンスをしている時、
真琴さんが足をあげたら靴がポーンと真上に
飛んでしまい、偶然、さげた足元に落下!
見事再び靴が真琴さんの足におさまって
会場大拍手!なんていう数々の伝説(笑)を
残した宝塚の舞台。

真琴2.jpg


少女時代、私はよく劇場に足を運んでいましたが、
子育てと介護に追われ、
真琴さんが宝塚の舞台に立たれている姿を
見ることができなかったのが残念!

ラジオブースの中で
目の前に座っているだけでも魅力的なのに、
舞台用のメイクと衣装でビシっときめた真琴さん
を見たら、たぶん胸キュンで
とろけてしまうんじゃないかしら!

そして、2001年に宝塚を退団された真琴さん。
芸能活動を再開させたのは、
ご自身が一番不得意だったという「歌」からでした。

すすんで「いばらの道」を歩もうとするその姿勢は
前回触れましたが、マジメで努力家の真琴さんの生き方
そのものなんでしょうね。

舞台復帰作となった「笠置シズ子物語」では、
とても癖のある歌い方、まさに関西のオバチャンという
笠置さんの特異なキャラクターを、
東京生まれで、笠置さんとはおそらく姿、形も真逆の
真琴さんが完全に“再現していた”そうです。
(観客の関西のオバチャンが「笠置シズ子そっくりやわ~」
と言っていたそうですよ)

一流のエンターテナーを目指す真琴さんのこれからますますの
ご活躍が楽しみです!

さて、次回は、元ファーストレディ、
安倍昭恵さんをお迎えします。どうぞお楽しみに。

2010.03.22

3月14日放送分後記

みなさま、こんにちは。
ゲストに元宝塚のトップスター、
【真琴つばさ】さんをお迎えした
1回目の放送はいかがだったでしょうか?

宝塚の男役出身の方々は、
みなさん背筋が真っ直ぐで
キリっとした顔立ち、本当にかっこいい!

何度も劇場に足を運んでキャーキャー言っていた
自分の少女時代に戻ってしまいますね。

真琴さんはサバサバ系のハンサムウーマン、
本人いわく、宝塚を退団されてからは
「半分男、半分女」だそう。

確かに、男役に戻ってセリフを言って下さいという
私の無茶振りに照れる真琴さんは、
かわいらしさと色っぽさに溢れていました。
(真琴さん、変な振りをしてしまってゴメンナサイ!)

真琴1.jpg


今回、宝塚に入ったいきさつをお聞きしてわかったのは
真琴さんがとても努力家であるということ。

宝塚でトップスターになられたわけですから、
努力していないわけはないんですが、
その「努力度」がハンパではないんです!

宝塚に入ることをご両親に反対されていた為、
入学準備のレッスン費用は
真琴さん自身がアルバイトをして貯めたお金。

そして、入団してからも誰もトップスターになるとは
思っていなかったのに月組トップスターへ・・・。
(トップスターになる方はまわりの雰囲気で、
入団当初から何となくわかるそうなんですが、
真琴さんの場合はそれがまったくなかったそうです。)

真琴さんはしきりと「運が良かっただけ」
とおっしゃっていましたが、
運は自分の力でつかむもの。

真琴さんがご自分の欠点を客観的に見つめ、
冷静に分析できる、まじめな努力家だからそこ
達成したことなんだと思います。


さて、次回も真琴つばささんをお迎えします。
どうぞお聴き逃しなく!

2010.03.15

3月7日放送分後記

みなさま、こんにちは。
ゲストにソムリエの田崎真也さんをお迎えした
2回目の放送はいかがだったでしょうか?

前回は、2回も高校を中退しながら、
田崎さんが飲食業に目覚めるまでをうかがいました。

結局、高校を中退して、17歳で東京に飛び出してきた
田崎さん。

飲食店を転々とすることになります。
当初、田崎さんは意外にも料理人を志望していましたが、
フランス料理店のウエイターの皆さんの一流のサービスに
衝撃を受け、ホールに路線変更。

そして、天職となる「ソムリエ」という存在を知り、
本場で勉強したいと考えた田崎さんは、
朝昼晩、3つの違う職場で働きながらお金をためフランスへ留学。

当時、日本では「ソムリエ」はまだまだ一般にはなじみが
ありませんでした。
そこに目をつけられた田崎さんのセンスと先見の明に脱帽!

しかし何よりも、「努力を惜しまない生き方」はハンパじゃありません!
前回のお話でも語ってらっしゃいましたが、
田崎さんは一度好きになったら徹底的に追及なさいます。

田崎2.jpg


生まれながらの凝り性ということもあるかもしれませんが、
虫や魚の図鑑に載っている名前を全部覚えてしまう…など、
田崎さんの凝り性の源は、「努力を惜しまない生き方」
なんだと思います。

それは「知りたい」というご自身の強い知識欲だけじゃなく
サービス業で培われた「おもてなし」の心にもいきています。

質問に丁寧に答えて下さる田崎さんの姿勢は、
惜しまずにご自身の半生を語ってくださる誠意に
満ち溢れていました。

それだけに田崎さんの絶え間ない努力が結実した
ソムリエの世界大会での優勝のお話は
とても感動的でした。

田崎さんのお話は私たちに勇気を与えてくれます。
ワインの伝道と同時に、ご自身のことも
もっともっと伝道してほしいと思いました。
ワインのように、時がたてばたつほど、
きっと熟成していくはずです!

田崎さん、素晴らしいお話、御馳走さまでした!

さて、次回は真琴つばささんをお迎えします。
どうぞお楽しみに。

2010.03.08

2月28日放送分後記

みなさま、こんにちは。
ゲストにソムリエの田崎真也さんをお迎えした
1回目の放送はいかがだったでしょうか?

田崎さんの「ソムリエ」という肩書から、
ナイフやフォークのチョー洋風のイメージを抱いていたんですが
それがなんと筋金入りの、バリバリの日本人!

根っこにある基本は「和」。
男手ひとつで田崎さんと妹さんを育てられたお父様の
影響が強いんだなぁとお話をうかがいながら思いました。

夜は日本酒と肴を楽しむお父様。
田崎さんも妹さんもお父様が作ってくださる
おつまみ系の手料理を食べて育ったそうです。


田崎1.jpg

今考えると、とても贅沢な手料理ですよね。
後にお父様の手料理に鍛えられた“舌”が
田崎さんがソムリエとして大成功される時に
大活躍します。

そんな田崎さんの青春時代をひと言で表現すると・・・
「夏休みのアルバイトで、道を踏み外す」

凝り性で知識欲旺盛、負けず嫌いの田崎さんは、
まず「虫オタク少年」からはじまり「魚オタク少年」へ。

かねてからの念願通り、海洋系の高校に進むはずが、
中学の先生に「無理だ」と言われたことに反発して
高等専門学校へ。

1学期は学年No1の成績!
ところが、最初の夏休み。
伊豆の新島でのアルバイトで遊び癖がついて、
勉強が嫌になってしまったとか。

※後で田崎さんをさらに厳しく追及(笑)したところ
新島では恋バナがどうやらあったらしいですよ!

そして、海でのアルバイトの経験から今度は船に興味が移り
学校を中退し、転校。

転校先でも1学期は成績優秀でしたが、再び最初の夏休み。
今度は、アルバイトでスナックを任されました。

※当時わずか17歳!実は釣りの会員になりたくて、
 年齢制限を何とかごまかそうと、
3歳年上にサバをよんでいたんです。
スナックを任されたカラクリは実は“年齢詐称”(笑)

そして、“客商売”の魅力にとりつかれて、学校を退学。
家を飛び出して上京し、飲食の道へ。

・・・なんとも波乱万丈、怒涛のような青春!!
わずか3カ月単位で目まぐるしく変わっていく
とてつもなく濃い10代の日々!
でも、その分、同年代の男子よりも
ずっと大人だったんだんでしょうね。
そして、スパッと断ち切る勇気と行動力は素晴らしいのひと言!

ただ、お父様のお気持ちを考えたらちょっと複雑・・・。
私がもしも田崎さんのような息子を持っていたら?
ハラハラして疲れちゃうかも!(笑)

さて、まだまだ終わらない田崎さんのお話!
次回もお迎えしますのでどうぞお聴き逃しなく!

2010.03.01

安藤和津 トークマルシェ

安藤和津さんがさまざまなジャンルで活躍されている方をお迎えして、その時々に興味と関心の高い話題を伺います。安藤和津さんは、エッセイストとして、二人の娘の母として、俳優・映画監督の妻として、CNNの元ニュースキャスターとして、母の介護をしてきた女性として・・・いろいろな視線で優しく面白くインタビューしています。日曜日の朝、トークのマルシェ(市場)へようこそ。


プロフィール

東京生まれ。初等科から高校まで学習院に学ぶ。
上智大学独文科卒業後、イギリスに留学。エッセイストやコメンテーターとしてテレビ番組に出演。夫は、俳優・映画監督の奥田瑛二氏。著書は『女盛りは子育て盛り-Momoko&Sakura』文化出版局、『月うさぎ』奥田瑛二絵、あすなろ書房、『あいうえお-安藤和津の主婦と生活』PHP研究所、『愛すること愛されること』講談社、『てきぱき家事絵本』小学館、『忙しママの愛情レシピ121』講談社、『愛すること愛されること』講談社<講談社文庫>、『さくらうさぎ』奥田瑛二絵、ミキハウス、『オムツをはいたママ-母との愛と格闘の日々』グラフ社、『長い散歩』学習研究社 など